戦後教育によって失ったものとは




教育の荒廃

 教育の荒廃が叫ばれて久しくなります。
 文部省は対処療法的に対策を出していますが、ほとんど効果はあがらず、ますます悪くなっているように思えます。
 そのことは、最近発表になった 「 薬物使用の調査 」 にも現われました。
 特にひどかったのは、高校生の男子。
 薬物の使用・所持が 「 悪いことだ 」 と思っているのは半分余りしかおらず、5人に1人が 「 個人の自由 」 「 1回くらいならよい 」 と考えているそうです。
 若者たちの心の荒廃が、非常に深刻な状況であるということがわかると思います。


かくあるべしという、父性を失った親

 このような、最近の若者たちの異常さは、いったい何が原因なのでしょうか。
 そのキーワードが林道義氏の著書に明瞭に示されました。
 それが、最近よく日にする 「父性の復権」 という言葉です。
 林氏によると、家庭における 「父性」 というものが欠落してきたことが、無気力、不登校、いじめ等々、今日の若者が陥りやすい様々な病理の原因 になっていると指摘されています。
 「父性」 とは、理念を掲げ、家族を統合し、文化を伝え、社会のルールを教えるという父の役割です。
 この、 「 父性 」 というものが失われていくにつれて 「なにをやっても個人の自由じゃないか」 といったような若者の言動 が目立ってきたように思います。
 その結果、自分の欲望や感情をコントロールしなくなり、ひいては、 「 援助交際 」 や 「 おやじ狩り 」 のように 善悪の区別がつかない若者が増えてきた のではないでしょうか。


子供を叱れない今の親たち

 その他にも、 「どう生きることが素晴らしいことなのか」 ということを、親も教師も教えることができなくなりました。
 昨今流行の 「上下関係を意識的に捨てて、価値観を押しつけることは絶対にしない」 「決して強制はせずに、子供の自主性を重んじて、何をするのも自由放任である」 という 「友達のような父親」 にしても、結局は、父親の役割を放棄し、信念をもって叱ることもできなくなった親が増えただけ ということではないでしょうか。
 そういえば、神戸の事件や親が子供を殺す事件が起こったときも、事件前に、親はカウンセラーに相談に行かれたようですが、 「 そっとしておくのが一番 」 とアドバイスを受けたという記事を何度か見ましたし、また、 警視庁の相談員が、 「わたしの代わりに子供に注意して」 という親からの訴えの急増に驚いている との新聞報道( 毎日 )もありました。
 まさしく 「 父性の欠落 」 を象徴するものではないでしょうか。


戦後教育が、最大の原因

 では、なぜ大人や親はこうなってきたのでしょう。
 それは、50年前の敗戦を契機として、それ以前の日本がすべて悪かったかのように言われ続け、教えられ続けてきたために、自分の国への自信や愛着を失い、若者たちや子供たちに 「こう生きるのだ」 と指し示す信念や知識をなくしてしまった からなのです。
 振り返ると、 「 日本人として 」 とか 「 男として 」 とか 「 女の子なんだから 」 などという言葉を聞かなくなりました。
 戦後50年、私たちは、 「 日本人であること 」 を見失い、その誇りや自信や喜びを置き去りにしてきました。
 戦後の民主主義教育が、日本人であることの歴史を捨てるように教えてきたのです


新しい日本の精神的主柱を

 それでは、この様な現状を打破していくには、何をなすベきなのでしょう。
 それは、今一度、私たち大人が、「日本人として、人間として、どう生きることが、本来の生き方であるのか」 ということを考え、学び直して、新しい日本の価値観を創造する以外に方法はあリません。
  「 日本はもうだめだ 」 と身近な人には何度も洩らしていたという司馬遼太郎氏が、日本再生の唯一の希望として述べられたことは、 「 古来の日本精神史における 《 いい感じの日本 》 というものを再発見して再充電しつつ、多様性に耐えていくしかない 」 ということでした。
 古き良きものを取り戻しながら、 多様なる価値観を統合できる新たなる精神的主柱を構築し、 それを家庭で、 学校の道徳教育で教えること。 これこそが、 私たち大人が子供たちに残せる 「後世への最大遺物」 ではないでしょうか。