( 2007.12.01 )


はじめに

 戦後教育の理念を示したものに現行の教育基本法がある。 その前文は 「この( 日本国憲法の )理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」 と謳っている。 戦後教育とは日本国憲法の理念を 「教育の力」 を通じて普及させ、日本国憲法の理念を体現した人格を育成することにその目的があるという。 日本国憲法と教育基本法の制定から50年以上を経た今日、日本国憲法の理想を体現した人格を育成することを目的とした戦後教育は如何なる姿となって立ち現れているのか。 いうまでもなく教育荒廃である。

 今日の教育荒廃は道徳教育を放棄した一方で 「個人の尊厳」 「人権尊重」 などの空念仏を唱えてきた戦後教育という壮大な “実験の所産” である。 私達は今、教育荒廃という大きな犠牲を払って日本国憲法の “理念の不当性” を見せつけられている。

 かってアメリカが1970年代後半から80年代前半にかけて、 今日の我が国と同じように教育の危機に陥り、 国の先行きに不安を覚えた時、 何よりも “教育の基本に立ち返ろう” とした。 「古きよきアメリカ」 の教育の伝統に立ち返るとともに、 かっての日本の教育のあり方に学ぼうとした。 すなわち “子供を大人と厳しく区別” した上で、 教育の目的とは “基礎学力の向上” “厳格な規律を身につけること” にあるとした。 ここでは 「個性の尊重」 も 「個人の尊厳」 も 「子供の人権」 も一旦棚上げされ、 子供時代を大人になるための厳しい “訓練期間、修業期間” であると位置付けた。 これを時代錯誤と受取る向きもあろう。 しかし、 これによってアメリカは確実によみがえったのである。 今日のアメリカの隆盛は当時の教育見直しの賜物である。

 どういう人間にもなれる可能性を秘めた子供の時期に、 人として身につけておかなければならない徳目を体得させ、 高い学力をつけてやることは当の子供達にとっても有用なことなのだ。 しかし、 戦後の我が国の教育は行政も現場も “すべてにやさしい” あまり、 子供を駄目にし、 結果として “国力の低下” を招こうとしている。

第1章 文部行政に異議あり

第2章 戦後教育の呪縛

第3章 家族を破壊する 「ジェンダー・フリー」

第4章 偏向教育の現場から