戦後教育暗黒史




 GHQの深謀とマルクス主義はいかに日本の教育を荒廃させていったのか!

昭和20年( 1945 )、終戦

 GHQは日本人から愛国心を剥奪し、日本を弱小国とするべく様々な政策を実施する。 修身、歴史教育、国旗掲揚の禁止等がそれである。 この背景には、大国アメリカに対抗した日本への憎悪、恐怖、蔑視があった。 さらに民主主義を広めるために政治活動を奨励する。 マルクス主義者の羽仁五郎が全日本教員組合を結成し、 「 いかなる真理であっても強制はいけない 」 という理由で、教育勅語を廃止に持ちこむ。 強制、管理、抑圧を否定する戦後教育イデオロギーはここから始まる。 日本における革命を煽動したコミンテルンの狙いは、ソ連を守るために日本国内で騒乱を起こして日本を弱体化することにあった。 戦後教育とはまさにアメリカ( GHQ )とソ連( コミンテルン )の謀略であったといえる。 ( 民主教師が国旗国歌を執拗に反対するのも、米ソの日本に対する憎悪をそのまま受け継いでいるからである )


昭和20年代( 1945〜1955 )

 日教組が全国の学校を支配下に置き、勤評闘争やストに明け暮れた時代。 この影響をもろに受けたのが、団塊の世代である。 階級闘争イデオロギーを注入された団塊の世代が、高校紛争や大学紛争、あるいは70年代の反体制文化の担い手となったのは当然の帰結である。 団塊世代の発想は、反権力、反体制、平等主義、自主性尊重というまさに戦後の日教組思想そのものであり、結果として、秩序の崩壊、モラルの低下、家庭崩壊、コギャル発生と、次々と悪しき要素を生み出している。 団塊世代は今、マスコミや各種団体の中枢におり、戦後思想を組織的に敷衍している。 「 ゆとり教育 」 「 フェミニズム 」 「 セクハラ問題 」 「 少年法擁護 」 「 夫婦別姓 」 等、数え上げたらきりがない。 これらは一見正当に見えるがゆえに、背後にある危険なイデオロギーに気づくことなく、世間に浸透しているのだ。


昭和30年〜昭和40年代( 1955〜1975 )

 日教組の勢いが弱まり、高度経済成長を迎える。 高学歴化志向が高まり、高校進学率が増加していく。 受験戦争という言葉に象徴されるように、子供たちがもっともよく勉強していた時期である。 この頃は、非行やいじめ、不登校などが問題にされることはなく、学校は落ち着きを保っていた。 国全体に経済発展という夢があったからというのが大きな理由だろうが、この時期までは戦前の価値観が生きていたことや 「 勉強 」 という学校の目的が明確であったことも大きい。 だが、この間に60年安保と70年安保があり、反体制や反権力がブームとなり、既成のモラルや価値観を破壊する動きが広がっていく。


昭和50年〜昭和54年( 1975〜1980 )

 52年、受験競争を緩和させるために授業内容を2〜3割削減。 高校進学率がピークに達するとともに、従来の真面目文化は消え、ツッパリ文化が生まれる。 学校の雰囲気は激変し、このころから校内暴力が問題となる。


昭和54年〜平成元年( 1980年代 )

 校内暴力が全国の学校で吹き荒れる。 大量消費社会の到来とともに、若者文化が低俗化する。 飲酒、喫煙、深夜徘徊、性交渉等が一般化。 バブルの到来が拍車をかけ、遊び文化が若者に浸透していく。 校内暴力沈静後は、マスコミによる徹底した管理教育批判が行われ、学校の教育力はどんどん低下していく。 いじめも増加。 教育問題は深刻化する。


平成2年〜現在( 1990年代 )

 94年にコギャル発生。 援助交際が社会問題化する。 不登校、校内暴力増加。 少年犯罪の凶悪化。 学級崩壊、学力低下が問題となる。 フリーターの増加、大学生の知の空洞化、性体験率の激増。 教育は瀕死の状態に。 文部省はこれを 「 ゆとり教育 」 で対処するというが、まさにお笑い種である。
 コギャルの発生には団塊世代の価値観が深くからんでいる。 学級崩壊には管理教育批判が、学力低下には受験競争否定論が、家庭崩壊にはフェミニズムが、少年犯罪の増加には少年法擁護論が、フリーターの増加には帰属意識やナショナリズムの喪失が、文化の荒廃には表現の自由絶対論が、深く関係している。 これらはすべて戦後思想から派生したものである。
 日本の弱体化を狙った米ソの謀略は、まさに完遂を迎えつつあるといえよう。


 すなわち ……
 新世紀の日本の教育を再生するには、戦後教育をダメにした思想から脱却 するしかないのだ!