Apr. 1, 2009
<>/




専業主婦侮蔑

http://s02.megalodon.jp/2008-0425-1040-07/blog.goo.ne.jp/kamiseo/e/faebea92fd63c0c15da2b50b5c9b4002

なぜ 「主婦」 でなく 「無職の女」?
2007年1月1日( 月 )付 YOMIURION LINE
「 長女( 1 )を包丁で切りつけ重傷を負わせたとして、千葉北署は1日、千葉市花見川区の無職の女( 32 )を殺人未遂の現行犯で逮捕した。 当時、自宅には夫( 31 )と夫の父らがいて、3人で話をしていたという 」
夫も子供もいる無職の女のことを普通マスコミは 「 主婦 」 と書きます。 たとえば、
…… 干支にちなんだ落語などで新年を祝った。 友達と来場した近くの主婦( 68 )は 「 昨年は学校のいじめなど世相があまりよくなかったので、笑いで締めくくろうと …… ( 同じくYOMIURION LINE )
でも犯罪を犯した場合は 「 無職女 」 と正確な表記をするんですね。 「 主婦 」 という言葉のイメージを守っているわけです( 笑 )。 この微妙な操作がいやなかんじですね。

ところで、奨学金希望者の家庭調査票を見るとおかしなことに気づきます。 職業欄に
 母  専業主婦
 祖母 無職
 祖父 無職
なんて書くんです。 お父さんの面倒をみているから専業主婦かと思いきや、離婚して生活保護だなんて言ったりする。 夫の世話をしていてもおばあちゃんだと 「 無職 」 という感じがするんですねえ~( 笑 )。

☆ 主婦って言うのは職業ではありません。 職業はお金を貰って、所得税が払える行いのことです。 主婦というのはあくまで家のなかでの立場ですから、 「 5歳になった僕の仕事は、朝、新聞をとってくることです 」 にみる 「 仕事 」 と同じです。


http://s02.megalodon.jp/2008-0425-0952-59/okame21.blog87.fc2.com/blog-entry-55.html

なぜセンギョーなど基準にするのだ!

増税のお知らせです。 明日から税金が上がります。

それはいいんですが、遺憾なのは↓
「 総務省の試算によると、年収700万円の専業主婦と子供2人のサラリーマン世帯の場合、1月から所得税の負担が月額1万2880円から7160円に 5720円減った。
しかし、6月から住民税は1万5100円から2万4500円に9400円増える。 住民税と所得税を差し引きすると、実質的に月額3680円の負担増となる」
何でこんな世帯を標準にするのです。 あたかもセンギョーのいる世帯が標準みたいじゃないですか。 専業は五体満足のくせに税の割引要員なので、単身者や共稼ぎを基準にするよりず~~~~~~~~~~っと安く見えちゃう場合があるのよね。

ところで私は学生の奨学金審査をする場合、母親がセンギョーだと一点引きたくなります。 なかには 「 お母さんが専業なので金がない* 」 なんて言ってくる学生がいたりしますが、逆。 本当に金がなかったら専業なんて勿体無い時間の使い方はしませんよ。 ちゃんと働けば500万とか700万とか稼げるんですから。 お金があるからこそ専業主婦でいられるんですよ。 あと 「 住宅ローンの支払いで金がない 」 とか言ってくる奴も一点引きたくなります; 子供の教育費がかかる時期にわざわざ身の丈にあわない家買う必要なんかないですから。 だからといって本当~~~に貧乏なのに、わざわざ金のかかる東京の私立大学なんかに来て、奨学金で多額の借金をするってのもどーかと思いますがね。

*注:専業主婦に育てられた学生はしばしば自分の母親のことを、目上の人の前で 「 お母さん 」 などと呼ぶ。うんざり。やっぱ親学必要


http://s02.megalodon.jp/2008-0425-0955-59/okame21.blog87.fc2.com/blog-entry-65.html

専業主婦の社保庁批判-あんたが言うな!

6月16日付毎日、埼玉県三芳長主婦蔵田陽子さん( 43 ) 「 家計は楽ではないが、夫の転職のたびに厚生年金、国民年金と漏れがないように保険料を支払ってきたつもりだ。 今回の問題で、本当に自分のは大丈夫なのか不安になった 」 「 主婦 」 ということは厚生年金を払っているのは夫でしょう。 つまりこいつは三号です。 “漏れがないように” 保険料を支払ってきたつもりかもしれませんが、勘違いです。 三号被保険者は年金を払える仕組みになってません。 つまりタダです。 払いもしないのにもらえると思っている。 本当に自分のは大丈夫なのかと不安にさえなっているわけです。 ずうずうしい。 43といえば子供からは必要とさなくなっているはずですが、働けないほど老人でもない。 なのにまだ主婦なんかしている。 不安になる暇があったら働いて民間の個人年金でもかけたらいいのですよ。

本当に! 社保庁があまりに馬鹿なので、三号被保険者など年金制度の基本的な設計にかかわる問題が議論されるチャンスがなくなっちゃいましたね。 社保庁がちゃんと仕事をすればいいかのようになっちゃった。 これは三号の陰謀かもしれません。 公務員が仕事をするのは当たり前。 そんな低次元の議論だけではなく、デザインだってちゃんと考えなければなりません。


http://s04.megalodon.jp/2008-0425-1011-04/blog.sipec-square.net/k-seo/2005/01/

2005年01月26日
「ニート」 は 「オトコのセンギョー」 か

これはこの記事に対する議論の続きです。 論点をクリアにするために、何度か加筆修正しましたが、あまり何度も修正するのもなんですので(^^;)新しく書くことにしました。 ここでの話題は 「 ニート 」 と 「 センギョー( 専業主婦 ) 」 の類似点です。

もう一度 「 ニート:非生産という反逆? 」 の中の関連部分の論点を整理してみましょう。 論者は、 「 センギョー 」 は 「 家事サービスを生産している 」 ので 「 私は問題視しない 」 一方、もし、 「 ニート 」 が 「 家事も含めた生産活動をまったくせずに、ひたすら消費活動のみをする 」 なら問題である。 なぜなら、生産活動をしないということは 「 他者が生産した財を食いつぶすということである 」 からだと述べています。

私は、後半には賛成です。 「 他者が生産した財を食いつぶす 」 だけの人が増えるということは社会不安につながる脅威であり、増税の主たる原因にもなりましょう。 しかし、問題は、 「( 家事を含めた )生産活動をしている 」 ということが直ちに 「 他者が生産した財を食いつぶさない 」 ことにはならない、というところにあります。 本人はなにか生産しているつもりであっても、他人の財を食いつぶしているかもしれないし、逆になんにも生産していなくても、( 赤の )他人に迷惑をかけているわけではない人も沢山います。

これは昔から繰り返されている 「 主婦業は無価値か? 」 というような議論とも関係していますが、およそ 「 主婦業にどのくらいの価値があるか 」 という議論が不毛なのは、生産活動、あるいはその結果としての生産物に絶対的価値があるかのような考えに捕われているからです。 生産活動や生産物には 「 絶対的価値 」 がつけられるわけではありません―たとえ可能であったとしても、それは神様の仕事であり経済学者の仕事ではありません。 これは主婦業であっても教職であっても同じことです。 経済学が興味の対象とする、 「 財の価値 」 はマーケットの評価、つまり神様ではなく人がつけるものなのです。 言い換えれば 「 財 」 あるいは人の 「 存在価値 」 を認めて私的にお金を払う人がいる限り、 「 ニート 」 も 「 センギョー 」 もペットの仔犬もアイボも大学のセンセイも、なにか生産している( たとえば 「 癒し 」 を提供しているとかね )とみなしても差し支えないと思います。 彼 / 彼女が “生産” するものは、教育とか癒しの提供のように手に取れないものであってもかまいませんし、その人の存在そのものでしかなくてもかまいません。 また、対価の支払い者( たとえばペットなら飼い主 )以外の人にその価値がわかる必要もありません。 ある人には価値があるけれど別な人にはぜんぜん価値がない、ということは財としてはむしろ普通です。 ですから、個人的にお金を払っている人がいる限り、 「 ニート 」 だろうが( 経済学者の目から見て )訳のわからない芸術家だろうが、その存在というかありかたを経済学者が 「 問題視 」 する必要も権利もないと考えられるのです。

しかし、誰かが-それも 「 五体満足で高等教育も受けている 」 人-が 「 他者が生産した財を( その他者の意に反して )一方的に食いつぶしている 」 のであれば、経済学者はこれを問題視するでしょう。 あるいは、特定の人々の個人的な選択を社会が支えているとすれば問題視される可能性はあります。 たとえば、犬を飼っている人全員に特別控除として税制上の優遇を与えれば、犬嫌いの人は不当だと考えるかもしれません( もちろん、犬を飼わない人を含めて全員の納得が得られるなら別に問題ではありません )。 つまり議論は、ある人や集団が 「 他者が生産した財を食いつぶしているかどうか 」 つまり外部的な不経済があるかどうかを基準にしてなされるべきであり、( 主観的に )生産活動をしているかどうかはどうでもいい話だと思うのです。

で、外部的な不経済があるかどうかを基準にして考えますと、 「 ニート 」 が 「 センギョー 」 に比べて、より問題だとは考えられない、というのが私のポイントです。 なぜなら後者には、税制面での優遇措置や払わずにもらえる年金制度*1など2重3重の厚遇が用意されている( つまりそれだけ社会的な費用が発生している )一方、前者には今のところ何もないからです。 数でみても比較になりません。 「 ニート 」 はオトコの 「 センギョー 」 だ。 この程度の認識で十分だと考えます。 ただし、納税者としては、ばら撒き福祉をやめるように政府に要求する当然の権利があるだろうとも思います。 国民負担率は2年連続上昇しています。 これからもどんどん上昇しつづけることでしょう。 働かない人のツケを働く人にタダ押し付けるだけの再分配を温存しつづければ、より多くの若者が働かないことを選択するようになるだろうと思われるのです。

*1:これだけ年金制度が議論されているにもかかわらず、まだ、三号の制度を理解していない専業主婦の人がいて、 「 主婦は年金を払っていないと言いますが、私の夫は年金を払っています! 」 などと言い張っていたりするので解説をしておく。 専業主婦( 三号被保険者 )の国民年金は、配偶者が代わりに払っているわけではない。 彼女の夫が払っているのは、夫本人の分であり、主婦の分まで含めて余分に払っているわけではない。 つまり、彼が払う年金の掛け金は、彼の妻がフルタイムで働らいていようが、専業主婦をしていようが変わらないのである( 嘘だと思ったら試しに年300万くらい稼いで、主婦時代と掛け金を比べてみるといい )。 だが、夫婦単位でみれば、単身者と専業主婦持ちのカップルとでは受け取る金額は全然違う。 専業主婦を養っている男のほうは、同じ掛け金に対してもらう額が( 主婦の分だけ )多くなるのだ。 だからこそ 「 三号 」 がこれだけ問題になるのである。

この事情はアメリカでも同じのようだ。 以下スティグリッツの教科書からの引用である。
「社会保障制度を計画する上で特に厄介な問題は、結婚している人と独身者との取り扱いである。 二人の個人、ボブとジョー、を考えることにしよう。 彼らは働いているとき同じ所得をい稼ぎ、したがって同じ額の社会保障税を支払っていたとしよう。 ボブは結婚しているが、彼の妻は全く働いたことがない。 ジョーは結婚していない。 ボブが受け取る年金額は、ジョーが受け取る額よりもずっと多くなる。 独身者は何故彼らが、結婚している夫婦に援助を与えなければならないのか、とたずねるであろう」 ( J.E.Stiglits Economics of the public sector