かくしてバカ親氾濫す



 さる私鉄の運転士が仕事中に自分の子供を運転席に入れるという公私混同を咎められて職を失う事件があった。
 処分が厳し過ぎるという声があった。 夫が職を失って妻子が途方に暮れるわけだから凄い環境の激変で気の毒と言えば気の毒だが、列車の乗客全員の命が運転士の双肩にかかっていると思えば彼の責任は重大である。 こういうタイプに今後も電車の運転を任せるわけにはいかないという会社の判断は正しかったと思う。 自分の子供を脇に座らせての物見遊山気分で、何時線路に人が飛び出してくるか分からぬ線路を凝視出来るかと詰問されれば答え様は無いのだ。 かく首は止むを得なかった。 鉄道会社人事部の言わば苦渋の決断を了解する。

 何を以って苦渋というか。 運転士の今後の生活を思ってか、それもあるが本質は違う。 運転の仕事をかくも甘く見るような考えを払拭させ得なかった、今風な鉄道専門学校の教育に不快の念を持ち、運転士の公私混同振りの真因は彼運転士の過去に遡る職業教育自体にあるのにも拘わらずとりあえず全責任を彼個人の現在に負わせるほか無いと言う矛盾に目を瞑らざるを得ないことを苦渋と言うのである。 苦渋の決断の遠因は、彼が受けた教育そのものにあるのに、罰されるのは教育の産物である彼個人の生活、という矛盾にある。

 この事件とシュレッダーの幼児の指切断事件との間には直接的には何の関係も無いが、父親の弛みの点から見るとどこか似ている。

 インターネット全盛の今日、多くの父親が自宅でオフィスの仕事を処理する時代で、私的な住居の一角を公的な仕事のために使用するのは時代というものだが、この二重性を父親乃至は家族が厳しく自覚していなければ子供の教育上甚だ不味い結果を招来する。

 仕事に従事しているとき、特にそれが難局に遭遇しているときであれば、父の目は冷徹な厳しい目になっているだろう。 その目で突然ふらりと仕事場に紛れ込んでくる子供を、いや細君でも老いたる祖母でも構わないが、彼の私的な生活を構成する家族の誰かが入ってくれば、見るというよりは何しに来たと睨む目になるのは極自然な流れであるが、事態を察することが困難な幼子には忌避すべき事態である。 公務に従事中の父親が厳しい顔貌を呈していることを家族が如何に幼児に説明するか。 家族に手を引かれて訪ねたオフィスから出てくる威厳に満ちた 「お父さん」 の姿は幼子にある感銘を与えないではいまい。 しかし事態を察する能力が未だ十二分に備わっていない幼児の頭は混乱してそういう父の姿は瞬時には了解できないかも知れない。 問題はTPOである。

 嘗てテレビ局で働く私の同世代の友人が、自室に設えた編集設備相手に悪戦苦闘中、突然背中に飛び乗った幼児を驚きのあまり振り落とした結果、その子が畳とは言え頭部を強打、生涯に亘る後遺症を背負ってしまうという大事に至ったことがある。 この痛ましい事故は友人達の間で語り草になり、お互いに戒めあったのだったが、幼児がいれば常に危険に目を配るのが周囲の大人の義務として、それでも不測の事故は正に不測の故に何時起きるか誰にも分からない。 これが常識であった。

 今度のシュレッダーによる幼児の指切断という痛ましい事故は果たして不測の事故だったか。 事情を聞けば不測の事故というには周りの不注意の度合いが過ぎているケースもあったようである。 シュレッダーを設置した時から自室が半ば事務室と化したのだという自覚が大人たちに不足していたのだろう。

 これはあるイラストレーターの友人の場合だが、売れっ子の彼は子供の相手が出来ない、タイガースのパジャマを着て布団に潜っている子供の寝顔を見ながら深夜の仕事が出来なくては嘘だ、と辛辣な政治的カリカチュアーを得意技とする彼が嘆くのを聞きながら売れっ子も辛いと同情したが、その頃から彼のイラストから見る見る毒気が消えていつたのに驚いたことがあった。 所謂仏心が邪魔して悪徳政治家の人相が甘く柔らかくなったのだ。 これなど公私混同とは言えまいが、辛辣な感情で一杯の仕事部屋の空気が柔らかいホームドラマの雰囲気に浸されて変質したとは云えよう。

 「シュレッダー事故」  に触発されて日本人の生活の変質を考えてみた。 仕事と遊びの距離が縮まり、血相変えて仕事に取り組む態度が野暮と云われ思われる時代になった。 ブラウン管からは下手なギャグが溢れかえり醜悪拙劣なコメディアンの演技で騒々しい。 救いのないナンセンスが横行しているが、センスが崩壊しかけていてナンセンスもあるまい。 ナンセンスは分家、本家はセンスだ。 ブラウン管ではっきり見える本末転倒現象が日本全体を象徴しているかに見えるのが辛いところだ。 日本人が四六時中風邪を引いて微熱を発しているような危うさを感じる。 たかが風邪という勿れ、風は万病の元と昔から言うではないか。 私はこの諺を細部に神宿ると言い換えよう。

 問題は日本人の心の弛みにあるのだ。 シュレッダーで子供が指を切断する事故を起こした時、周囲に不注意はなかったか。 その点に目を瞑りメーカーの責任ばかりを問う報道をみるにつけ、シュレッダーに興味を覚えた幼児が指を入れるという事態を防ぐ日常の想像力を日本人が失う元凶はこれかと腑に落ちた。 気の毒な親をさらに鞭打つなという非難を恐れるが故とすれば報じる側も世の厳しさを忘れて緩んでいる。

 私鉄運転士のかく首問題と云い、シュレッダー事件、酒酔運転手増加といい、人心の弛みを餌に増えてゆく怪獣ごときこの種の不注意事故は未知の大事故の前触れであるかの如き不吉さを内包しているとしか云えない。

 シュレッダーを作った会社の社長があの屈辱の謝罪記者会見を開く理由は無かったのだ。 ガス湯沸かし器パロマや、シンドラーエレベーターの事故とは訳が違う。

 シュレッダーメーカーに限らない。 有用な器具の発明者が今度の事故を境に怯むことなきよう望む。 資源なき国日本が世界に伍して生きてゆくには技術の力だけが頼りなのだから