学校をダメにする 「イチャモン父兄」 驚愕録




 教育者不適格としか思えない教師の言動、自己保身に走る管理職。 「学校」 への不信を募らせる事件が次々に報じられている。
 だが、その一方で、父兄から押し寄せる理不尽極まる要求や苦情が、今、教育の現場に深刻なダメージを与えているという。
 学校への 「イチャモン」、そのトンデモない実情を ……。


 ある中学校での、数年前の出来事です。 昼過ぎに近隣住民から匿名で抗議の電話が学校に入り、生徒指導担当の教諭が応対することになりました。
  「今、お前の学校の門の中に、犬が2、3匹すり抜けて入っていったのを見た。 これは中学生たちが給食の残り物を、犬に与えて餌付けしているせいに違いない。 最近このあたりで野良犬が増えたのは、お前の学校のせいだ。 給食のせいだ。 なんとかしろ!ちゃんと中学生を指導しとるんか?」
 それが苦情の内容でした。
 また、その学校の校舎が建っている土地の法面には、何本かの桜の木が植えられていますが、こんなこともありました。
  「今年は学校の桜の花がまばらで美しくない。 以前はもっときれいに咲いていて楽しみにしてたのに、このところの咲き方がおかしい。 これは中学校の教育がおかしいからだ」
 先の苦情とは別の人ですが、怒った口調で、言いがかりに近いことを、とうとうとまくし立てます。 教諭は、返答のしようがありませんので、 「はい、はい …… そうですか。 ええ …… 分かりました」 といった具合に、ただただ受け止めて対応するしか方法がありません。 数十分に亘る抗議の電話を聞かされた教諭は、フーッとため息をついてポツリと一言。 「何でも学校のせいにしよるなあ。 野良犬も桜も …… そんなこと知らんがな。 どうせえちゆうねん」 。 それを聞いていた他の教職員は、 「ほんまや、やっとられんわ ……」 。
 今、教職員の間では 「のむ、うつ、かう」 が流行っているのだそうでず。 「のむ」 は、酒でも飲まなければやっていられないほどのきつい状況があること。 「うつ」 は賭博ではありません。 僻病のうつです。 最後の 「かう」 はもちろん女性と遊ぶ意味ではなくて、宝くじを買って1等の3億円なり2億円なりが当たったら、学校を辞めてやる、教師辞めてやる、そういう意味なのです。ある中学校教頭会でこの話を紹介したら、 「おれらが飲んでるのは別のもんやで。 胃カメラや、神経性の胃潰瘍や」 と間髪容れずにツッコミが入って大爆笑となりましたが、いずれにしてもこの話、現在の学校や教職員の心的状況を、的確に形容しているように思えます。
 昨年12月に文部科学省から発表された2004年度・公立小中高校などの教職員の 「病気休職者数」 は6308人。 このうち 「精神性疾患による休職者数」 は3559人( 病気休職者数の56.4% )にのぼり、過去最高を更新しました。 1991年に精神性疾患による体識者が3割を超えて以来、わずか10年ほどの間に、少子化や学校の統廃合によって教員の全体数は減少しているにもかかわらず、精神性疾患による休職教員が加速度的に急増し、それが病気休職者数を押し上げる形になっています。 この数字は公立だけですので、私学を含めれば相当な人数になるでしょう。
 問題は、この精神性疾患の中身や原因ですが、プライバシーに関わるため統計上はおもてに一切出てきません。 しかし、単に生徒をめぐる教育指導上の心労ではなく、保護者や地域住民とのトラブル、あるいは理不尽な要望にさいなまれることが疾患の主因あるいは副因となっている場合が、3分の2近くあるのではないかと推測しています。
 というのも、私が過去5年間に全国各地で行ってきた300人を超える教職員へのインタビュー調査による約2000の事例からは、学校に押し寄せる無理難題要求すなわち 「イチャモン」 が急増し、それによって保護者と教職員との関係性が極めて深刻な状況にあることが浮き彫リになっているからです。

相手の子も休ませろ!

 保育園の園長さんからは、こんな話を聞かされました。
 「ある父親から、ウチの子は 『箱入り娘』 で育てたいから、誰ともケンカさせるな! そういうことを保証する念書を、園長が書いて渡せ、と迫られました。 ある子どもの手足口病( 発疹を生じる幼児のウイルス感染症 )が治り医者の許可も出て登園しようとしたら、ウチの子達にうつったら困るから休むように園の方から言ってほしい、と保護者が集団で訴えてきました」
 およそ子どもは人間的な摩擦を乗り越えて成長していくものです。 他人の子どもの成長を見守ることが結局はわが子の豊かな成長にもつながる、そんな自明のことが分からないのです。
 ある小学校では、子ども同士が偶発的にぶつかり、一方が顔にスリ傷を作りました。 その傷はすぐに消える程度のもののようでしたが、その保護者は相手の子の親と学校にたいして 「一生涯の責任」 を負うように要求。 今後、同様のことが起きないようにクラス編成で二人を別々にすること、一緒に遊ばせないよう 「常時監視すること」 を、学校側に求めました。
 次は中学校のケースです。 ケガをして学校を1週間程休まなければならなくなった生徒の保護者が 「うちの子がケガをしたのは、相手の子の加害行為によるもので、学校も安全配慮義務を欠いていたのではないか。 休む期間の授業が受けられないので、相手の子も休ませるべきだ」 と抗議。 要求が受け入れられないなら、ケガが治った後も子どもを登校させないとまで主張したのです。
 高校や中学では、喫煙の形跡が認められて指導を受ける生徒がいます。 口頭注意や停学などの処分が下されることになりますが、保護者は、わが子を反省させ指導・注意するというよりは、徹底的に甘やかしながら擁護してしまう傾向がでています。 「本当にやっていたのか? その証拠をきちんと示せ」 と申し立てるのは当然としても、 「親の私が喫煙を認めているのに、なぜ学校が認めないのか」 と開き直り、さらには 「学校側の指導の仕方が悪かったからこうなったのではないか」 とか 「先生の叱り方が悪かったために、子どもの心が傷つけられた」 と論点がすり替わっていくことすらあります。
 わが子への過剰なまでの愛情、そのためには他を顧みない 「自子中心主義」 がここまで来ているのかと驚きます。
 このほか、 「ウチの子が、行事のスナップ写真の真ん中に写つていないのはナゼだ」 ( 保育園 )、 「子どもが一つのオモチャを取り合ってケンカになるなら、そんなオモチャは園に置かないでほしい」 ( 幼稚園 )、 「親同士の仲が悪いから、子どもを別学級にしてほしい」 ( 小学校 )、 「ウチの子の不登校は学校の責任やろ。 何とかしろ。 今日中に出来んかったら訴えるぞ」 「風呂に入らないので、入るように言ってほしい」 ( 中学校 )、そんなイチャモンが、続々と現場に押し寄せています。 イチャモンで始まったトラブルが、数日、時には数カ月に亘って尾をひき、当事者である教職員が休職や退職に追い込まれることすら少なくないのです。

ニワトリや鯉までも

そればかりではありません。 冒頭のイチャモンのように、学校本来の 「守備範囲」 や 「責任領域」 を超えた問題までが、学校に持ち込まれてきます。 学校は善意の集団としで自他共に認められていますから、要望だけでなく、ありとあらゆる不満や苦情を受け入れざるをえません。
 一つクイズを出しましょう。 ある日曜日の、路上での出来事です。 おばちゃんが自転車で走っていると、路地から中学生が飛び出してきてぶつかりました。 自転車が横転して、カゴの一部が壊れましたが、おばちゃんにもその子にもケガはなし。 ところが、両者で口ゲンカが始まり、取っ組み合いにまで発展しそすな勢いだったので、一緒にいた友人の中学生が仲裁に入ると、おばちゃんに 「あんたは関係ないんやから黙っとき!」 と突き飛ばされ、軽いケガをしてしまいました。 子どもたちは、そのおばち ゃんがどこの人であるかを知っていました …… さて、この後、何が起こったのでしょう?
 答えは、“仲裁に入った子の親が学校に来て、 「ウチの子は止めに入っただけや。 おばちゃんを呼んで謝らせろ!」 と要求した”です。
 えぇ? 学校は関係ないじゃないか、と思われる方が多いでしょうが、教職員に質問すると正解率はめちゃくちゃ高い。 学校どは何の関係もない場所と時間の出来事にまで、学校の仲介が求められるのです。
 持ち込まれるのは、揉め事に限りません。 04年の鳥インフルエンザ騒動の折には、どこかの家で飼われていたニワトリが、段ボールに入れられ校門の前に置き去りにされました。 「鯉ヘルペス」 騒動時には、学校の池にたくさんの魚が“放流”されました。
 「学校はゴミ箱、教職員はサンドバッグ」 と呼ぶこうした状況は、年々深刻化しています。 それを受けて、学校側では教職員が萎縮し、 「過剰反応」 「過剰防衛」 に至るケースも目立ち始めました。
 宿題の出し方について論議になった小学校がありました。 ある保護者は 「宿題が多すぎる」 と言い、別の保護者からは 「少ない」 というクレームが寄せられます。 対応に苦慮した学校は 「なんとかしなければ」 との思いから、学校全体で 「毎日、算数と国語のプリントを1校ずつ、これに音読を加える。 それを全教職員が守ること」 という原則を決めてしまいました。 本来、宿題は学年ごとでもクラスごとでも自由に、子どもの学習課題との関連で決めるべきものですが 「統一した方針を決めて保護者に対する説明責任を果たすことが必要だ」 という論理が優先されていきます。
 また卒業アルバムについて、スナップ写真に 「自分の子どもが1枚しか写っていないのに、5枚も写っている子がいるではないか」 というクレームに対して、アルバムを回収して作成し直した 学校もあります。
 学校はここまで 「引け腰」 になっているのか、と驚きを禁じえません。

イチャモン急増のワケ

 なぜ今、学校へのイチャモンが急雛しているのか?言ったもん勝ちの風潮が強くなっている、といった一般的な状況は別として、いくつかの仮説を立ててみました。
( 1 )日本の学校が、教科指導のみならず 「生徒指導」 を重要な機能として抱えているために、苦情の受け皿となりやすく、際限なく無理難題を受け入れることになった。
( 2 )マスコミによる、ステレオタイプ化した報道によって、学校や教師への過大な期待、否定的評価がともに増幅されている。
( 3 )国の 「教育政策」 の迷走が教育不信を生み出し、末端の学校がその尻拭いをさせられている。 「教育改革病」 ともいうべきこの迷走は、教育現場を疲弊させ、きちんと子どもや保護者に向き合うための 「体力」 をも奪っている。
( 4 )保護者についての世代論的考察も必要かもしれない。 つまり、大学紛争の反省から生まれた 「管理」 教育、 「金八先生」 に象徴されるように学校の機能・役割への 「期待」 が増大した70年代、そして80年代後半のバブル経済とその崩壊。 そういう時代を生きてきた世代の意識と行動が、イチヤモンの増大に影響しているのではないか ……。
 加えて、昨今の 「構造改革」 によるリストラや生活苦が底流に広がる中で、多様に積み重なったストレスのはけ口として、学校が選ばれているように思います。 業績主義や成果主義に追いまくられる中で、ゆとりや寛容の気持ちが急速に減少し、他人のことなんかかまっていられないといった意識が強くなっています。 イラだつ、ムカつくというのは、子どもだけのことでなく、私たち大人も同じような状況になっています。 強い者が弱い者を叩けば、弱い者はそれに抗うのではなく、さらに弱い者を見つけて叩くという、危うい状況ともいえます。
 この30年間、家庭における( しつけなどの )教育機能の低下分を、学校が際限なく補ってきたことも背景としてあるでしょう。 要望や苦情をやんわりと受け止め、トラブルとなることを未然に防ぐ 「保水力」 とも言うべきものが、家庭にも地域にも、学校にも不足していることも確かです。 この30年ほどの複合的で累積した膨大なツケを、今、教育の現場は払わさにているのかもしれません。
 これまでの論調から、学校の肩ばかり待っている、と言われそうですが、もちろんそうではありません。 保護者のどんな苦情に対しても、教師は真摯に取り組むべきだと思っています。 それがイチヤモンであってもです。

「わがママ」 の 本音探れば 「悩む母」

 これは元教師が詠んだ川柳です。 我が儘を言ってくるお母さんの本音は、子育てに悩み困り果てた上での、 「先生助けて」 という悲鳴だというのです。
「バカなことをする親」 はいても、 「バカ親」 はいない、そう考えています。






親の“理不尽”要求

 子どもが通う学校に無理難題を突きつける保護者 「モンスターペアレント」 。 昨今の社会風潮を端的に表しているようで、その理不尽さには開いた口がふさがらない。

 富山でも親同士の不仲を理由に年度途中でクラス替えを求めるなどいくつかの実例が報告されている。 県教育委員会は 「学校と家庭はパートナー」 と考え、細かい実態調査には消極的だが、全国の現状をみれば、富山の 「被害校」 も少なくないだろう。

 現場では心の病にかかる先生が増えている。 昨年度、県内の公立学校教員の病気休職者の44%は精神性疾患で、過去最高の割合だった。 保護者対応が一因とも指摘される。

 “怪物”にあるのは、ねじ曲がった 「顧客」 意識で、パートナー意識ではない。 こうした状況は子どものためにならない。





金品要求に教師糾弾のビラ
「モンスター親」 に苦悩する学校

 学校に理不尽な要求を次々に突きつける。 そんな親の姿が、放射能を撒き散らすゴジラを連想させるのか、 「モンスターペアレント」 と呼ばれるようになった。 理解はぜんぜんできないが、なんとか対応しなければならない。 自治体の教育委員会の中には、苦肉の策として、苦情を類型化してマニュアルにするケースも出てきた。


「利益追求型」 「愉快犯型」 など10類型化した教委

 「娘に学芸会でピアノを弾かせてほしい」 「いじめた子を転校させろ!」
 保護者モラルの低下で、こんな苦情に悩む学校が増えてきた。 いつから増え始めたのか定かではないが、2007年夏ごろからマスコミでは 「モンスターペアレント」 と呼ぶようになってきている。

 モンスターだから、社会常識や理性はなかなか通用しない。 が、そんな親を持つ子どもを辞めさせられない以上、対応するしかない。 そこで、自治体各教委が取り組み始めたのが、苦情を類型化して処方箋を書いたマニュアルだ。

 京都府教委は11月15日、苦情マニュアルの 「信頼ある学校を創る」 を作成。 その中で、親の苦情を 「現実正当型」 「理解歪曲型」 「過剰要求型」 「解決困難型」 の4つに類型化した。 そのうちモンスターペアレントに当たるというのが 「解決困難型」 だ。

 また、群馬県安中市教委では7月、トラブルの未然防止のため、親の苦情を 「依存型」 「溺愛型」 など10類型で想定した 「苦情対応マニュアル」 を作った。 もとは、東京・立川市立立川第一中学校の嶋崎政男校長が個人的に研究発表した 「指導と評価2005年4月号」 で提唱された考え方だ。

 嶋崎校長にJ-CASTニュースが取材すると、10類型のうち、 「利益追求型」 、 「愉快犯型」 、 「理解不能型」 が、今で言うモンスターペアレントに当たるのではないかとした。 この類型化は、岩手県教委のマニュアルなどでもすでに採用されている。

 では、各類型はどのようなモンスターペアレントの例が当たり、各々どのように対応するのか。 京都府教委の類型は一つしかないため、嶋崎校長の3類型について聞いてみた。

深夜12時を超えて担任に電話が1ヶ月

 まず 「利益追求型」 。 嶋崎校長によると、金品を要求する恐喝タイプだという。

「普通なら働いている時間に、学校に苦情を言いに来たお父さんがいました。 そして、休業補償を暗にほのめかして、学校に金品を要求するようなことがあったのです」
 こうした場合、嶋崎校長は、言動を記録し、警察と相談することが必要だとしている。

 次の 「愉快犯型」 も、困りものらしい。 嶋崎校長が聞いた話では、 「教師の言葉で傷ついた」 と学校に怒鳴り込んできた親がいた。 この親は、実際に教師の言葉を確かめたわけではないのに、学校を困らしてやろうと教師糾弾のビラを撒いたという。

「ご自身に欲求不満があるとき、事実に即していないクレームで言いがかりをつけて欲求を晴らそうというタイプです。 こうした場合、教師一人で対応すれば精神的に参ってしまうので、校長ら管理職に相談することが必要でしょう」

 最後に、 「理解不能型」 は、親自身に精神病を含めた心の病があり、何を言ってくるか分からないタイプだ。 嶋崎校長は、

「例えば、わが子かわいいという溺愛型がエスカレートしたものがあります。 運動会でリレーの選手にしてほしいと、深夜12時を超えて担任に電話をかけてきた親がいました。 それも、1ヶ月も親の訴えが続きました」
と明かす。 この場合、スクールカウンセラーなど専門家に相談するのが一番だという。

 ただ、親の苦情には、教師の指導力不足や学校の無責任体質が背景にあることも多い。 モンスターペアレントとはいえ、やはり双方の地道な話し合いによる解決が必要だ。

 大阪市教委が2008年3月までにまとめる保護者対応の手引書の中間報告には、次のような興味深い対応策があった。 運動会の組体操で一番上になれなかった小学生の親からのクレームに対し、次のように対応したというのだ。

「運動能力が上だからこそ、ほかの児童を支える側にたってほしい」
と。 親も、子どもが練習に取り組む姿を見て、次第に態度を和らげたという。

 前出の嶋崎校長もこう話す。

「親子の気持ちを汲む努力が対応の基本なので、この話はいい例ですね。 子どもかわいさに言い出した親も、これなら、もしかしたら納得するかもしれません。 教師も、親子の気持ちを汲んでいれば、自然にこうした言葉が出てくるはずです」





「子供起こして学校いかせて」
 バカ親の 「理不尽」 要求

 「理不尽」 な要求を学校にする無茶な親が増えている。 法的な問題に巻き込まれないよう、小中学校や幼稚園が地区の弁護士と相談して援助してもらう制度を東京都港区が2007年6月1日から始めた。 すぐに 「訴えてやる」 と声高に言い放つ親たちの要求とは、どんな無茶ぶりなのか。

 同区教育委員会によると、区内を5地区に分け、それぞれ1人の弁護士が担当する。 学校側が同委に要請し、委員会が調整した上で学校が弁護士と直接相談する。 11日現在で相談はまだない。 同区内で特別に苦情が多い訳ではなく、直接裁判に発展した例もないが、全国的に 「学校を訴える」 とどなり込む親たちが増える傾向にあり 「先手を打った予防策」 という。 生徒の親だけを対象としている訳ではないとも強調し、地域住民や暴力団関係者からの要求も多いとしている。 相談件数の予想は難しいが 「月15件前後では」 とみている。

「子供の親権どちらにあるのか校長が判定しろ」

 福岡市教育委員会で 「学校保護者相談室」 を説明するサイト 東京都内の校長らに学校に対する要求の中身を聞いた。 小学校に対し、子供の親がけがの治療費を請求してきた。 子供同士が学校外で遊んでいてけんかになり、片方の子供がけがをした。 最初は子供の親同士が話し合いをしたらしいが、折り合いがつかず、どういう訳か学校に対して 「管理責任がある」 と治療費の支払いを求めてきた。 損害賠償を請求する裁判を起こすという発言も出た。

 また、離婚した元夫婦が学校を訪れ、子供の親権はどちらにあるのか校長に判定しろ、と迫ったケースもある。 父親の方は弁護士を連れてきて専門的な話を次々繰り出し、母親は大声を出して 「大変な事態になった」 。 校長は 「裁判所でやってほしい」 と思いながら対応に追われたが、 「学校が何とかしろ」 と言われ続けた。

 別のケースでは、使用禁止の約束を守らなかったので教師が子供の携帯電話を取り上げると、 「基本料金を日割りで取り上げた日数分払え」 と要求してきた親もいた。

 法律は関係なさそうだが、次のような要求も実際にあった。

子供を起こして学校へ連れて行ってほしい。
子供は熱があってきつそうだけど、自分は忙しいので子供を学校へ行かすから何とかしてほしい。
卒業アルバムに自分の子供があまり写ってないので作り直せ。

謝っただけでは許してくれず、すぐ 「訴える」 という

 多くの場合話は長期化し、親側が 「訴えてやる」 と迫ることも珍しくなく、教師たちに心理的圧迫を与えている。 裁判に至らないまでも感情的しこりが残る場合も少なくない。 ある教育委員会関係者によると、以前は学校の先生にもし非があれば、謝れば済んだ。 それが、謝っただけでは済まなくなり、すぐに親たちが 「訴える」 と主張するようになった。 最近では、そもそもなんで学校や教師に関係があるのか、という事例でどなりこんでくる人も増えた。

 福岡市教育委員会は、2005年から親たちと学校のトラブルを仲裁する第3者機関として、 「学校保護者相談室」 を設けている。 学校からだけでなく、保護者からも相談することができる。 元小学校校長らが相談員を務めている。 相談員の判断で弁護士に意見を聞くこともある。

 ある学校関係者によると、子供同士が学校でぶつかり1人がけがをした。 賠償金を払うべきか校長が判断しろ、と言われ校長がまごついていると、双方の親から 「校長が悪い、学校を訴える」 と言われた。 同相談室には 「親から訴えるぞ、と言われたが、どこにどういう非があるのか分からない」 と相談とも悲鳴ともつかない内容の訴えもあるという。

 もっとも、年間約200件のうち、学校からの相談は約1割。 9割は親から学校に対して不満がある相談だ。 「困った親」 ばかりではなく 「困った先生」 もいる、という指摘もあり、ケース・バイ・ケースのようだ。





モンスターペアレント逮捕
「親」 につける 「薬」 あるか

 自己中というのか KY というのか、難題をふっかけて先生方を悩ますモンスターペアレント。 埼玉県の公立中学でとうとう先生につかみかかったというので逮捕された。

 顛末はこうだ。
ある生徒が、昼食を教室で食べるようにと注意された。 教師は3人。
これに怒った父親( 36 )が母親と学校に乗り込んできた。
話し合いで、両親は納得した。 が、父親が要求を出した。
この生徒はサッカー部員。 練習で危険行為を注意した先生につかみかかったため休部中。 部活に復帰させてほしいと。
先生が 「どういうしつけをしてるのか」 といったところ
父親が教師につかみかかり、顔にけがをさせた。
…… で、公務執行妨害と傷害で逮捕。

 橋下徹は 「そもそもこういう親だから、しつけができてない。 36歳でしたか。 ボクも同じ世代ですが、学校に甘やかされた世代だから、何かやらないと大変な状況になってることは確か」
 赤江珠緒は 「息子もそれを見ているのだから、のちのちそれが自分に返ってくると思うんですがね」

 それがわかっていれば、モンスターにはならない。

 中村伊知哉が解説した。 「モンスターは和製英語。 アメリカではヘリコプター・ペアレントといって、いつもぐるぐる監視していて、何かあると乗り込んでくる。 モンスターの方が恐いけど」 。 さらに 「こういうことを現場の先生が対応しなければならないのは大変。 間に立つ人が必要だ」

 そうそう、アントニオ猪木とか安岡力也とかね。





増えるモンスターペアレント
 学校に無理難題を突きつける保護者は、教育現場では 「モンスターペアレント」 と呼ばれる。 指導力不足や不祥事を起こす教員など公教育への不信感が背景にはあるが、一方でこうした保護者の存在も教育現場を委縮させている。

教員に無理難題

 神奈川県相模原市のある中学の校長室。 母親同士が激しい言い争いをしている。 しかも子どもの前だ。 せっかく子どもが自分たちでいじめのトラブルを解決しかけていたのに、納得しない親たちが相手の子どもに罵詈ばり雑言を浴びせつける。

 同校の教員( 36 )は 「親が中学生と同レベルで本気で怒って泥沼化させてしまう。 中には 『身内には弁護士もいる』 と裁判をちらつかせて責める親もいる」 と話す。

 こうした保護者に共通なのは 「一方的な主張」 だ。 「うちの子がいじめられた」 と訴える父親が、“容疑児童”の調書を作って乗り込んできたことがあった。 他の子どもたちに聞き取り調査まで行い 「〇月〇日、A子はどこで誰に何をした」 などと数十ページにわたって詳細に記し、 「悪質なA子の転校を求める」 と要求された。 「自分の子だって他の子をいじめてるのに、わが子の 『やられた』 という言い分しか信じない」 とこの教員は首をかしげる。

 電話での問い合わせや苦情も 「日常茶飯事」 ( ある教員 )。 東京都内のある公立小学校では毎日午前10時までと午後4時以降は、保護者からの電話応対の時間に充てている。 教員は帰宅後も応対が終わらない。 真夜中に生徒の母親から 「離婚したいけど先生どう思う?」 と、家庭内のことで自宅に相談の電話がかかってきたこともあった。 この教員( 32 )は 「こんなことまで私の仕事かと思いながらも、邪険にしたら後で何を言われるかと思うと切れなかった」 と告白する。

 学校の指導法にクレームをつける保護者もいる。 教育上決めたルールに従って進めているのに 「うちの子は足が速いのになぜリレーの選手になれないのか」 「うちの子は25メートル泳げるはずなのになぜ検定に受からないのか」 と苦情がくる。

 前週に配ったプリントを子どもが親に渡し忘れていたのに 「本当に配ったのか」 と非難される。 後にランドセルの奥からプリントが発見されると 「先生の指導が悪い。 おかげでうちの子の課題提出が遅れた」 と逆ギレされた。 東京都中央区の公立小学校教員( 36 )は 「保護者に全く信用されていない」 と嘆く。

 「学校の監視」 は徹底している。 校庭を見下ろす高層マンションに住む保護者は、双眼鏡で体育などの授業の様子をチェックしては、翌日の連絡帳に 「ここはこういう指導法に変えた方がいい」 などと細かく“アドバイス”してくるという。 こうした保護者は、いつでも急降下( 要求 )できる状態で子どもや学校現場の上空を旋回することから 「ヘリコプターペアレント」 とも呼ばれる。

 こうした保護者が増えた背景には教育への不信感があるが、それだけではないようだ。 都内のある公立小学校の校長( 58 )は 「消費社会の中で、親の意識が 『学校とともに子どもをはぐくむパートナー』 から 『サービスの受益者』 に変わり、顧客満足度が学校評価の物差しになった。 その上、以前は地域で子育てする中でわが子の位置を自然に把握できたが、今は近所付き合いもなく自分の子しか眼中にない親が増えた」 と分析する。

 前出の相模原市の中学教員は保護者の現状を 「1学級に生徒が35人いるとすると、親を含めて50人以上の子どもの面倒を見ている感じだ」 と例える。


説明伝わらず苦慮

 保護者が突きつける無理難題に、教員たちは日々対応を迫られ疲れ切っている。 だが、親も教員も本来 「子どものため」 を思う気持ちは同じはずだ。 お互い協力して子どもの教育に取り組むための方策はないものか。

 「担任はうちの子を問題児扱いした。 内申点が足りずに中学受験に落ちたら担任のせいだ」

 私立中学進学熱の高い東京都内の区立小学校の校長室に、わが子の通知表に不満を持った父親が乗り込んできた。
 この児童は 「宿題はやらないことが多く、提出物は忘れがちだった」 と担任教員( 30 )は言う。 何度も催促したが、これでは採点ができず通知表はその結果だった。 校長が事情を説明しても父親は信じなかった。

 「モンスターペアレント」 の特徴は、一方的に学校を批判することだ。 学校側が事情を説明し理解を得ようとするが、なかなか伝わらない。 しかも学校を飛び越し教育委員会に苦情を申し立てたり、訴訟を起こされることもある。 こうなると対立は決定的となり、学校と保護者が話し合いで問題を解決する方向にいきにくい。

 その上、保護者の学校への不信感は子どもにも影響する。 「教育委員会にチクる( 密告する )ぞ」 。 ある教員( 34 )は 「こんな言葉を吐く12歳を見ると、背後に保護者の影を感じて空恐ろしくなる」 という。

 持ち込まれる苦情に教員のストレスは増すばかりだ。 苦情を受ける部署のあることが多い一般企業と違い、学校では個々の教員が直接保護者と向き合わざるを得ない。

 別の都内公立小教員( 28 )は 「連絡帳に何か批判的なことが書かれていると、自分は悪くなくても面倒だからつい 『すみません』 と書いてしまう」 と話す。 神奈川県のある小学校教員( 36 )も 「こちらがもっとき然とすれば親の態度も変わるかも」 と自戒しながらも 「疲れ切っているので謝って済むなら何度でも頭を下げてしまう」 と告白する。

 こうしたストレスも一因で精神疾患となる教員もいる。 文部科学省によると、一昨年度に全国で病気休職した教員のうち4,178人( 59.5% )が精神性疾患で、10年連続で増加している。

 学校にも課題はある。 苦情にさらされる教員を守る組織力が不足している。 ある教員( 37 )は 「気をつけていてもけがをさせてしまうことはあるし、わが子の命に親がむきになるのは当たり前。 問題は学校の体制や設備がその原因の場合でも、校長が担任の責任にして逃げるケースが増えたこと。 これも教員個人の訴訟費用保険加入が増えた原因の一つ」 と指摘する。

 東京都港区教育委員会が、こうしたトラブルに対応するため専任弁護士を設ける 「学校法律相談」 制度を始めたが、試みは始まったばかりだ。

 双方が対立してしまう背景には、コミュニケーション不足もある。 以前は当たり前のようにできた家庭訪問も、今は共働きなどで保護者不在が多い。 個人情報保護法が壁となり、以前のように詳しい家庭状況調査もできない。 都内の中学校長( 58 )は 「情報不足、コミュニケーション不足だから不安になる。 お互いの顔や考えがわかれば、ささいなことで苦情は来ない」 という。

 「教員はつくづく“接客業”だと思う」 と前出の教員( 34 )はため息をつくが、逆転の発想を求める声もある。 千葉県の中学校教員( 50 )は 「『 困った親』 は、実は 『困っている親』 『困っている子どもの親』。 苦情を “SOS” だと思って耳を傾ければ、逆に強固な信頼関係を築くきっかけになる」 と話す。





モンスターペアレント
モンスターペアレントとは、無理難題を教育現場に持ち込む親のことをいう。

 授業中、立ち歩いている子を注意したところ、職員室で何時間も怒鳴り散らす親。 朝早くから夜遅くまで担任や校長に電話をかけ、何時間も文句を言う親 ……。 それが何日も続く。
 このようなモンスターペアレントの存在をNHKテレビの 「クローズアップ現代」 が取り上げていた。
 モンスターペアレントによって自殺まで追い詰められてしまった女性校長。 次々と病休になる担任。 新任教師が自殺した学校もある。
 被害は子供にも及ぶ。
 そのクラスは当然、正常な授業ができない。 入れ替わり立ち替わり他の先生が入ることになるが、授業の進度は遅れ、内容の継続性はズタズタになる。
 担任が病休に入れば、さらに被害は大きくなる。
 それだけではない。 校長、教頭が、この件のために多大な時間がとられ、学校全体の動きがギクシャクする。 学校全体が疲れていく。
 子供たちは荒れ始める。 学校全体が乱れ、荒れ果て、壊れていくのである。
 モンスターペアレントを放置していてまともな教育ができるわけがない。 ことは緊急を要する。





「モンスターペアレント」 問題
教員の次は保護者バッシング?

 「モンスターペアレント」 という言葉が最近、マスコミなどでよく取り上げられています。 学校や教員に対して、身勝手で理不尽な要求やクレームを突きつける保護者のことです。
 このため、保護者対応の問題に、組織的に取り組む教育委員会も出始めました。 週刊誌やテレビなどのマスコミも、理不尽な保護者に対する批判を強めています。
 しかし、このような論調には、少しおかしさも感じます。
「義務教育だから給食費は払わない」
「うちの子は算数が嫌いなので、授業を受けさせないでほしい」
「うちの子に掃除をさせないでほしい」
「担任に怒られ子どもが精神的に傷ついたので慰謝料を払え」 ――

 マスコミなどで紹介されている事例を見ると、明らかに理不尽なクレームや要求を学校に突きつける保護者が増えているのは間違いないようです。
 このような保護者のクレームの増加に対応して、大阪市教委は7月から新任の小学校教員に対して対応方法などの研修を開始するとともに、保護者対応マニュアルの作成に着手しました。
 また、東京都港区教委は、保護者とのトラブルに対して学校を支援するため、弁護士を派遣する制度を6月から設けています。
 保護者からのクレームに対応するため指導主事などによるチームを設置する教委も増えています。

 保護者に対する社会的批判が高まった発端は、 給食費未払い問題 です。
 支払い能力があるのに給食費を納めない保護者が全国で多数いることが文部科学省の調査で明らかになり、身勝手な保護者の存在に社会の批判が集中しました。
 このような保護者が増加した理由としては、保護者自身の社会性の欠如、自分の子どもさえよければという身勝手な個人主義の増加 などが指摘されています。

 また、社会学者などの間には、もう少し踏み込んだ分析もあります。
 一つは、学校教育の 「消費社会化」 です。
 学校教育を単なる 「サービス業」 とみなす保護者が増加し、消費者として不満や苦情をぶつけるのは当然であり、身勝手でも要求が通ればもうけもの、という考え方が増えた、という見方です。
 もう一つは、格差社会に対する保護者の不安感の高まりです。
 リストラや給与カットなど経済的不安や社会的孤立感を抱えている保護者自身が、その不安や不満のはけ口を学校や教員に求めている、という見方です。

 ただ、実際のところごく一部の 「問題保護者」 だけの事例を挙げられ、保護者全体が悪くなっているかのような論調や、保護者にも規範意識や社会常識をもっと学習させるべきだなどという意見に、抵抗感があるかたも少なくないでしょう。
 そして、冷静に考えると、現在の 「保護者バッシング」 とも見える論調は、これまでの 「学校・教員バッシング」 「教委バッシング」 と同じような構造をもっていると言えなくもありません。

 学校や教員が悪い、教委が悪い、そして保護者も悪い そうなったら、子どもたちの教育の責任は、誰がもつのでしょうか。
 学校・教員、教委、保護者のいずれにも問題が少なくないことは確かでしょう。
 しかし、相互不信を増大させるような最近のマスコミなどの論調からは、本当に教育を良くするような社会的雰囲気は生まれてこない のではないでしょうか。







 モンスターペアレンツとか称される問題親が、学校で暴れている。
 「うちの子が( 写真で )真ん中に写ってないのはどういうことだ」 等々、常識では測りかねる親からの文句が教育現場を混乱させている。 弁護士を頼んだり、学校側でも自衛策を立てはじめた。
 要するに、学校では今、教師を尊敬せず軽んずる風潮があるのだ。 この風潮に問題親たちが図に乗ってきた、ということであろう。
 …… が、今日これほどまでに教師が尊敬されない状況を招いたのは、教師自身ではなかったか、という思いもある。
 戦後もしばらくは、教師はあくまでも尊敬される聖職であった。 … が、昭和40年代頃からか、教師は聖職ではない、労働者だと言い出したのは、教師自身だった 生徒と同じ目線に立たなくてはならないと教壇を取り払い、 卒業式の定番であった 「仰げば尊し」 は、その歌詞がよろしくないと、他の歌に変えてしまったのも教師自身だった。 そういう 教師に育てられた生徒が今、親の世代となって教師を罵倒している