姿
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 もし、経済的な理由で子供に十分な教育を与えてやれないならば、親はどうすればよいか。 答えは簡単である。 自分のありのままの姿を、子供の前にさらけ出してやればよい。 一生懸命働いて生きている親ならば、自分が必死で働いている姿を、子供に見せるだけでいい。 そんな親の姿を目の当たりにした子供は、親がこれだけ頑張って働いているのに進学できないのなら、進学以外のルートで人生を切り拓いていこうと決意するはずだ。

 そうやって育った子供は、金持ちの親から何の障害もなく潤沢な教育投資を受けて育った子供より、はるかに自立した人間に成長するなぜなら、人生設計を自らの頭で考えるようになるからだ

 現在の日本は格差社会と呼ばれている。 どんなに頑張って働いたところで、職業によっては金銭的に報われない場合もある。 そうした仕事に就いている親の姿を知ることは、子供の目を社会に開かせるいいチャンスだ。 子供心に格差社会をおかしいと感じとれば、十分な教育を受けられないことに不満を感じるより、社会を変えていこうという方向にエネルギーを振り向けるようになるからだ。

 反対に、子供が親に対して不満を持ってしまうのは、親が見栄を張って子供に分不相応な教育を与えようとしている場合である金がないのに、借金までして私立に入れよう、大学に進学させようとする親がいるが、そういう家庭の多くで子供は荒れる

 なぜか。 親が稼ぎの少ないことを恥じているのを、子供は見抜いてしまうからである。 子供は親の誤った価値観をそのまま引き継いで、 「金が稼げないことは恥ずかしいことなのだ」 という認識を持ってしまう。 その認識が子供の心を傷つける。 社会に出て、学歴が低いことや金がないことを馬鹿にされるのが恐ろしくて、引きこもりになったり、家庭内暴力に走ったりするようになる。

 ある母親が、相談をしてきたことがある。 夕べ寝ているとき、息子が自分の上にまたがって首を絞めてきた。 もう少しで殺されそうなところを、命からがら逃れた。 大人しかった息子の豹変が信じられない。 どう対処していいかわからない。 その母親は、こう言った。
 「お金で解決できるなら、いくらでも払いますから」

 愚かな考え方だと思った。 その子は、人間が年収や学歴をモノサシにして測られる世の中を恐れているのだ。 そんな冷たい世の中に出ていくのが、怖いのだ。 その恐怖心を植え付けたのは、あなた自身ではないのか。 それをまたぞろ金で解決しようとは! 私はこう提案した。
 「ボランティアを始めてみませんか」
 親がボランティアを始めて、夕食の時間に夫婦で語り合う。 そのとき、子供の心にどのような変化が起こるか。 世の中には、収入にも地位にも学歴にも関係のない人間関係が存在するのだ。 競い合い傷つけ合うのではなく、お互いに助け合う世界が存在するのだ。 世の中は、冷たいだけの場所ではない……。

 子供の心は、その事実を知って癒やされる。 そして、社会に出ていく勇気を持つことができるようになるはずだ。

 懸命に金を稼いで子供に良質な教育を与えたいと願うのは、悪いことではない。 しかし、自分さえ儲かればよいという考えを捨てない限り、心底働きたいというエネルギーは湧いてこないと子供に伝えてほしい。 長年の検事の経験から言うのだが、賄賂や汚れた金を貰った人間の多くは早死にする。 いくら嘘をついても心は真実を知っており、心の痛みが命を縮めるからである。