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 高齢者を専門とする精神科医としては、やや不本意なことではあるが、今回の選挙では、高齢者対策以上に、将来のための若者対策が各党の選挙公約として目立った。 政権与党である自民党は、人づくり革命の一環として、増税した消費税の大半を教育無償化に充てるという方針を打ち出した。 基本的には3~5歳児の幼児教育( 保育園・幼稚園 )の費用を無償化する、所得が低い層での高等教育の無償化を行うとしている。

 これに対応するかのように各党も選挙公約に教育無償化を打ち出した。 野党第一党に躍り出た立憲民主党は、 「児童手当、高校等授業料無償化、所得制限の廃止」 を打ち出している。 希望の党は、 「幼児保育・教育の無償化、大学における給付型奨学金の大幅拡充により、格差の連鎖を断ち切る」 と宣言。 維新の会は、橋下徹氏が大学など高等教育まですべて無償化を掲げ、現在もこの政策を強調している。

 確かに、ヨーロッパ諸国は消費税が高い代わりに高等教育を含め、教育無償が原則だ。 そして、私の聞く範囲でも、格差が広がり、とくに地方では、貧困のために大学進学をあきらめるということは現実にあるようだ。 知人の地方新聞の社長に聞いた話だが、世帯年収300万円くらいでも、親と同居していると、日本はアメリカと違って、公的医療保険が充実しているし、デフレ経済もあいまって、それほど生活に困らないどころか、軽自動車とはいえ、夫婦で自動車を2台所有などということは当たり前にある。

 ところが、子供が大学に行きたいという段になって初めて、貧困を自覚する。 地元の国立大学の授業料でも、今は負担が重い。 4年で授業料と入学金だけで240万円以上かかるのだ。 ましてや私立となると一層の負担増になる。 国立であったとしても東京の大学など夢の夢という世帯も多いそうだ。

 私の知り合いのお金持ちが、ある九州の名門高校で講演をした際に、生徒たちの真摯な聞きぶりに感激して、学校に寄付を申し出たそうだ。 すると、校長は 「この高校からも東大を狙える子なのに、東京で受験する旅費がないために泣く泣く九州大学に進学する子が毎年何人もいます。 その子たちの旅費を何年分か寄付していただけませんか」 という話を聞いて驚いたそうだ。 その使途で使ってもらうために500万円寄付したそうだ。

 授業料の無償化は貧困世帯にとって福音になるのは確かだが、地方の人にとっては、受験の旅費のような、都会の人には想像できないような出費も大きいのである。 格差の連鎖を断ち切るという点では、少子化なのに、むしろ定員を増やしてきた大学の場合、実質、無試験状態という学校が当たり前にある。

 金沢工業大学のように大学に入ってから徹底的に鍛えるということで、 「偏差値30台から( 今はこの評判のためにすっかり上がってしまったそうだが )正社員就職率99%」 というような例外的な大学を除けば、この手の低学力大学から正社員入社、その後に能力を高めて社会で成功者になるという道は決して開けているとは言えない。

 2020年度の入試改革で見送られた大学入学資格試験のようなものを作らないと、分数ができない、まともに読み書きのできない大学生が大量に出現している

 こういう学生に対して、中学校や高校の初期に教えるような内容を教えなおす 「リメディアル教育」 というものが行われる大学も増えているようだが、大学教育( これまでは教育者というより研究者が教授になる傾向が強かった、いや今でも強い )を抜本的に変えるか、GRE( アメリカやカナダの大学院へ進学するのに必要な共通試験 )のような大学卒業時の学力テストを導入するか、あるいは高校教育の充実のため( 今は落第や留年をさせる高校はほとんどない )大学入学資格試験を作るなどを検討しないと、教育無償化が実現しても大学卒の肩書が得られるだけで、格差の連鎖が打ち切られる効果は、さほど期待できないだろう。

 貧困層が高等教育機会に恵まれない理由は、アメリカのように一流大学の授業料が高いこと以上に、公教育でエリート教育をするのがおかしいという左翼的な教育批判のために名門公立高校の多くが解体され、一流大学に入るためのエリート教育が名門の私立中高一貫校や塾や予備校などの民間教育( 東京ではその両方に通わないと東大に入れないとさえ言われる )に依存してきたことがあるだろう。 名門中高一貫校に入るためには、小学校4年生くらいからの塾通いが必要だから貧困層どころか共稼ぎ世帯すら排除されることが多い。 東京などで公立学校が復活してきたことは望ましいことだが、やはり塾や予備校通いの率は高いという。

 貧困層でも塾に通えるような教育バウチャー( 教育に使用目的を限定したクーポン券 )のようなものを用意しないと、格差の連鎖の是正には役立たない可能性は高い。 エリートとか医師になるという問題以外に、ゆとり教育だけでなく、少子化による高校入試の実質無試験化や、高等学校における落第・留年を行わない方針などのために低学力者の増加の問題もある。

 これらの子供を救っているのも、ほとんどの場合、民間の学習塾なので、それに行く経済的余裕がない家庭は、AI( 人工知能 )やロボット化で単純労働力の需要が激減が予想される中、再貧困にあえぐ可能性は小さくない。 教育バウチャーの実行が難しいなら、せめて低学力児童対象の少人数学級の実施は重要な課題だろう。

 経済協力開発機構( OECD )の調査で学力世界トップレベルを続けているフィンランドに視察に行ったことがあるが、クラスの人数は18人という少人数クラスと、学力がそれでも足りなければ、義務教育が終わる年に補習を行い1年留年させるという。 それによって学力が低いまま社会に出すことがないようにしているとのことだった。

 私自身、福島県のいわき地区で初めての中高一貫校磐城緑陰中学高校のスーパーバイザーを行っているが、公立優位の文化の中で、大学進学実績は悪くないのに、生徒が集まらないため、期せずして1学年18人以下という教育の効果を実感することになった。

 東京の私立中学の受験予備校で小学校5年生の子が受けるようなテストで合格者の最低点は400点満点で100点レベル( 東京なら偏差値30台だろう )の生徒を引き受けながら、下から二番の子が国立大学に合格した年もあるし、卒業生の4人に1人が慶応大学に現役合格し、慶大現役合格率が首都圏以外でトップになったこともある。 それ以上に教師の目が行き届くためか、いじめやメンタルの問題がほとんど起こらない。

 無償化以上に金をかけてほしいのは、クラスの小人数化である。格差社会というのは富裕層は昔と比べてはるかに収入が多い、資産が多い社会でもあるということだ。そういう点では、自民党の所得制限の考え方のほうが現実的だ。 一方で、給付型奨学金の大幅拡充という希望の党の公約は自民党も検討してほしい。 これは塾にも使えるだろうし、私立大学の医学部や法科大学院など授業料が高いためにあきらめる人を減らす効果が大きいからだ。

 さて、幼児教育の無償化の問題だが、これも格差社会においては、所得制限を設けたほうがいいと私は考える。 基本的に幼児教育の世界で問題になっているのは、保育園の待機児童の問題だろう。 無償化もありがたいが、とにかく入れるようにしてくれというのが本音の人が多いだろうし、保育園に入れた人は無償化なのに、入れないための認可を受けていないような保育園に入れなかった人は、負担はこれまで通りというのなら踏んだり蹴ったりだ。

 一つの方法としては、幼児教育バウチャーという手もあるだろう。 所得制限は設けるものの、幼児に対してバウチャーを設ければ、親の負担が減り、民間の保育業者が増えるだろう。 サービスの競争も起こりえる。

 実は、私は本年度から、女医さんを対象にして、中学受験や大学受験に有利な学力をつける保育園型の幼児教育の総合監修を務めている。 子供というのはこの時期に、きちんと読み書きや計算を教えるとびっくりするくらい伸びることを実感したが、高めの授業料の設定もあって、保育士さんの給料を高めに設定すると、優秀な保育士さんが簡単に集まることも実感した。

 保育士の給与水準を上げれば、保育士が容易に集まり、それによって保育園不足も解消されるなら、無償化以上に、保育園の予算を増やして、スタッフ給与水準を上げるほうが有効だというのが私の実感だ( もちろん、貧困層の人には無償化すべきだろうが )。

 日本の教育の質の低下や格差問題の解決はタダにすれば済むものではない。 机上の空論ばかり述べる大学教授でなく現場の声を聴いて、きちんとした対策をしてほしい。 それによって、税金を有効活用してもらうことで、本当の意味の人づくり革命を期待する。