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( 2017.11.08 )




 「教育困難校」 の教員にとっては既視感のある場面


「教員に注意されたらキレてよい」という価値観を持っている生徒が、
そのまま大学に進学した場合に起こりうることとは?
 10月上旬、高校生が授業中に若い男性教員に暴力を振るう画像がインターネットに流れ、その後に高校生が逮捕されたというニュースがあった。 事件の発端は、教師が生徒に対してその授業では使ってはいけないIT機器を使うのを注意したことだそうだ。

 今回の映像は一般的には確かに衝撃的だっただろう。 しかし、生徒が荒れた中学校に勤務する教員や、 「教育困難校」 の教員にとっては既視感のある場面だったと思う。 似たような場面に日常的に遭遇し、専守防衛に努めている中学・高校教員は全国に大勢存在する。

 だが、教員に対してあのような態度を取ってきた生徒たちが大学、特に 「教育困難大学」 に入学していることを、当事者である大学関係者もあまり気にしていない。 彼らは 「自身の学びを助けてくれる人」 として教員に一目置く、ということはない。 逆に力関係として下に見てさえいる。 そうした生徒たちが、高等教育の場に入ってくるのである。

 いわゆる進学校でない高校からの大学進学者は、推薦入試やAO入試を利用して進学する者が多いことは、これまでにも何度も述べてきた。 大学を志望する生徒たちの多くは、少なくとも3年生の1学期頃からは、教師の指導に従って準備を行う。 一般的には10月上旬あたりからAO入試が、11月上旬からは推薦入試が始まり、パラパラと合格が決まっていく。

 すると、その頃まで自分の進路をまったく気にしていないように見えた生徒たちが、突然、担任や進路指導教員に 「せんせー、俺、大学に行こっかな。 親も行けっていうし」 などと口にするようになる。 このような生徒はおおむねこれまで教員をバカにした態度を取り続け、勉強や部活動にも熱心でなく、努力や我慢が苦手なタイプの生徒たちである。

 すでに推薦入試などの本番が始まっているので教員は非常に困惑するが、本人と保護者が 「大学に進学したい」 と思っているのであれば、止めることはできない。 もちろん、一般入試に通る学力はないので、推薦入試の日程が残っている大学を探すことになる。

 やりたいことがまったく決まっていないので、学部・学科選びも大変だ。 結局、いわゆる 「潰しが利く」 といわれている社会科学系や文系の学部を選ぶことになる。 大学側がいろいろと工夫して決めた学部の特色などもこのタイプの生徒たちはまったく意に介さない。 ただただ 「楽な大学」 を選びたいと考えるのみなのだ。


 学ぶスキルや意欲がない学生も、不合格にならない

 この期に及んでもまじめに取り組もうとせず、 「せんせー、俺の代わりに志望動機書っていうの書いてよ。 どうせ、ばれやしないし」 などと言い出す。 教師はこうした生徒を指導しながら、心のどこかで 「このいい加減な態度を面接では隠しきれないだろう。 書類の内容も中身がないので、さすがに大学側も落とすかもしれない」 という思いが頭をよぎる。 しかし、意外にも、彼らが不合格になることは皆無といってよいのだ。

 まだ社会に出たくないので大学に行くという 「モラトリアム」 的な進学は、数十年前からあった。 しかし、ペーパーテストによる入試の存在が、そうした人も受験勉強へと必然的に向かわせ、その過程で学ぶスキルが結果的に身に付いたことが多かったと思う。

 だが、上述のような流れで大学に進学する学生たちに、学ぶスキルは備わっていないし、大学で学びたいという意欲がない。 そのうえ、これまでの学校生活の中で、教員の指導は無視してよいもの、自分の気持ちは教師の指導よりも優先するべきもので、それを教員が抑制しようとする場合にはキレてよい、という価値観を持っている。

 しかし、彼らは大学生活では授業の場面でキレることはさほど多くはない。 高校までのように服装や態度を直接注意されることがほとんどないからだ。 大学と高校では、教職員と生徒との関係とは距離感が違う。 授業を休んでもそのつど電話や家庭訪問があるわけでもないので、このようなタイプの学生にとっては、大学生活は天国のように思えるに違いない。 しかし、そのままではやがて単位が取れず、中退という道が待っていることに彼らは気づかない。

 以下のエピソードは、 「教育困難大学」 に勤務する教員から最近聞いたものである。 彼は、日頃から 「大学生は社会に出る直前の段階なので、社会常識を身に付けさせるべき」 と考え、実践している教員だ。 ほかの多くの教員とは異なり、授業中に寝ることや、人の話を聞く態度なども、気になった際にはそのつど学生を注意している。

 彼は、ある授業の際、つばの大きい帽子を被っている男子学生を注意した。 室内の正式なマナーとして帽子は脱ぐこと、階段教室ではないので後ろの学生の視野を妨げていることを伝え、不満げな顔をしてなかなか脱ごうとしない学生に何度か注意をした。

 ふと思いついて、身体的に脱げない理由があるのかとも思い、そうであればその理由を教員本人にだけに伝えるようにとも話したところ、その学生は突然キレた。 「うるっせなー、脱ぎゃあいんだろう!」 と言い捨て、帽子を机にたたきつけて教室を足音高く出ていったという。


 履修規定も単位認定の条件も理解できない?

 さらに、この教員は別の学生とこんな一幕もあったという。 最近は大学の出席管理は学生カードの磁気システムを機械に認証させて行うことが多く、この教員が勤めている大学もそうしている。 しかし、これは不正が後を絶たないので、彼は指定席にして毎回出席カードを書かせている。 問題の学生は授業に半分も出席していないのに期末試験はちゃっかりと受験した。 当然、点数も低く、さらに大学では学期の授業の3分の2以上の出席が単位認定の条件にもなっているので、単位不認定となった。

 すると、あるとき、その学生が廊下で待ち構えて、教員に単位を認めるように迫ったという。 学生の点数やそのクラスの得点状況、さらに大学の履修規定も説明したが、その学生はなかなか納得しない。 体は教員より2回りも大きい学生を前にして、教員は身体的な恐怖も感じながらも、単位は認めないという姿勢を崩さなかった。 すると、学生は 「くそ~」 と大声を上げて回し蹴りを繰り出した。 驚いた教員がよろけたので幸いにもキックはかすっただけだったが、廊下の壁に小さな穴が開いてしまったそうだ。

 この話をしてくれた知人は、穏やかで学生思いの性格である。 やる気のない学生もしっかり指導したいと考えているがために、トラブルも発生するのだろう。 厳格な姿勢を示すからか、彼の下にはおとなしくて自己主張が苦手なタイプの学生が相談に集まってくる。 表面化することを嫌がり詳しくは話さないが、学ぶ気のない学生たちからのいじめやからかい、暴力、試験前に授業ノートやテキストを奪われてしまうなどの被害を受けていることが感じられるという。

 









「教育困難」の問題は、高校から大学に連鎖している
 2016年度の高校生の大学・短大の進学率は現役で54.8%、過年度生を加えると56.8%に及んでいる。 4年制大学進学率は毎年過去最高を更新し、短大、専門学校の進学者も含めると、高校から上級学校への進学者は約75%だ( 2016年度文部科学省 「学校基本調査」 )。 かつてのように、上級学校への進学はエリートがするものという概念は消え去り、 「ユニバーサルアクセス」 の時代が到来している。 また、日本には現在、777校の大学があり、その内私立大学は600校( 2016年度文部科学省 「学校基本調査」 )にも上っている。

 すべての大学は、大手予備校が実施する模擬試験の偏差値によって完全に段階分けされている。 そして、受験偏差値の低い、つまり志願者の少ない大学は、入学が選抜機能を果たさずフリーに入れる状態になっている。 こうした大学は、 「FREE」 の頭文字を取って、 「Fランク大学」 と呼ばれていることは、周知の事実だろう。

 急速に大学進学者が増加する中で、大学生の学力低下が話題になり始めたのは、2000年ごろのことだった。 あれから15年以上経ち、現在は大学生の学力問題はあまり取りざたされなくなった。 これまでの間に、大学生の学力が十分なレベルまで向上したというわけではなさそうだ。


 小規模大学で教えている教員の実話

 低い学力は当たり前のことと関係者があきらめた結果なのかもしれないと思わせる話が入ってくる。 大学教職員から話を聞くと、今でも学力不足は解決していないことがよくわかる。 それどころか、驚くほど無知な大学生がむしろ増加しているのではと危惧させるような現実がある。 以下のエピソードは、スポーツに力を入れている関東地方の小規模大学で教えている教員の実話である。

 彼は、一般教養科目として日本の自然環境に関する授業を担当しているが、以前から、大学生に考えさせること、発言させることに重点を置いた授業を行っている。 最近注目されている 「アクティブラーニング」 の先取りのように見えるが、実は、学生の授業中の爆睡を防止する苦肉の策でもあるのだ。 しかし、彼のように学生を寝かせまいとする教員はむしろ少数派。 多くの教員は、 「静かに寝ていれば、周囲の迷惑にもならないので放置する」 というスタンスである。

 日本の植生と生態系についての講義の際に、その教員は 「日本の自然林にはどのような野生動物がいるか」 と学生に質問した。 指名した数名の学生が次々と瞬時に 「わかりません」 と条件反射のように答えた後、指名される順番ではない1人の学生が突然 「ブタ!」 と大声で答えた。

 日本の自然環境と生き物の関係は、今、大学生の学生たちは小学6年生の理科の 「生き物とかんきょう」 の単元で学んだことになっている。 小学校の授業では生徒にとって身近に感じられることや地域の問題を題材として扱うことが多いので、近年、各地の住宅地や観光地で人間の生活に入り込んでいる野生動物の存在については、多くの学校で学ばれたことだろう。

 さらに中学の理科第2分野、高校の 「理科総合」 といった科目でも同様の内容をより深く広く学んでいるはずなので、当然、イノシシ、サル、シカ等といった回答が期待される。 それなのに 「ブタ」 が出てしまうのだ。


 教員は冷静に対応するも ……

 予想しない学生の言動への対応が苦手な大学教員も多いが、この教員は経験豊富なので、このような突発的な言動には慣れている。 学生の発言を無視したり叱責したりせず、まず受け止め、そこから正しい回答を引き出すように心掛けている。

 そこで、 「う~ん、似てはいるな。 でも、ブタは人間が改良して作ったもので、その基となった動物がいるよね。 最近、住宅地にも出現して、ニュースになったりしている。 その動物は何だろう?」 と学生たちに質問を重ねた。 すると、別の学生がすかさず 「クマ!」 と答えたという。 確かにクマは日本の野生動物だが、ブタはそこから改良されたものではない。 しかし、なんであれ学生が答えたことをよしとして、教員は授業を進めたという。

 別の日の海岸地帯の地理的特徴に関する授業では次のようなことがあった。 海から陸地に向かって吹いてくる強風から家屋や耕地を守る海岸防風林を創り出した先人の知恵に気づかせようと、 「海からはどのようなものが陸地に向かってくるか?」 と、この日もクイズのように尋ねた。

 海岸地形の自然環境の特徴については、すでに小学5年生の社会 「わたしたちの風土」 や中学社会の 「地理的分野」 で学習しているものである。 いつものように、2~3人が 「わかりません」 と瞬時に答えた後、次の順番の学生が 「ハマグリ!」 と明るく答えたそうだ。 確かに、ハマグリは海岸で採れるが、決して海から向かってくるものではない。

 「ブタ」 と答えた学生も 「ハマグリ」 と答えた学生も、授業のその場面には積極的に参加してはいる。 「わかりません」 の一言でその場をやり過ごそうとする学生より褒められるべきであろう。 しかし、彼らの回答は脊髄反射的で、質問の意図を把握したうえで、それまでに提示された諸条件を吟味し脳細胞で考えたものではない。 どちらの場合も答えた学生はいたってまじめな表情であり、いわゆる 「ウケ狙い」 で言った発言ではなかったそうだ。 それ以上に、周囲の学生が何の疑問も持たず、 「そうかぁ」 という表情で答えた学生を称賛するようだったことに、教員はあぜんとしたという。

 この大学は、スポーツ推薦や指定校推薦で入学した学生が多い。 1つのスポーツ競技だけを幼い頃から一所懸命にやってきて、ほかの勉強をする余裕がなかったのだろうか。 あるいは、生まれてからずっと都会で育ち、大学生になるまでに森や海に行って周囲の自然を体験する機会がなかったのだろうか。 学校の授業で学んだ知識だけではなく、自身の体験からも回答できるはずの質問なのだが。

 同じようなレベルの学生が入学している大学で授業を担当しているが、あるとき、首都圏の中小企業経営者から、真顔で 「就職試験をやると、高卒生と大卒生の得点がほとんど変わらない。 場合によると、高卒生のほうが高得点のこともある。 大学生は4年間かけて何を勉強しているのですか?」 と聞かれたことがあった。


 形骸化した 「学士」 を量産

 この企業はこれまで高卒生中心に採用していたが、近年、大卒生にも求人をかけるようになった。 当然、いわゆる有名大学生の応募は少なく、会社側も地元の中小規模の大学生にターゲットを絞っている。 その採用活動の中で発せられた質問だが、同様の思いを抱いている企業人は少なくないだろう。

 受験生の志願状況から見てみると、少数の大規模大学が10万人を超える志願者を集めている一方、志願者数が伸び悩み、経営のためにどのような学力の志願者でも受け入れている大学が多数存在する。 このような大学には、 「教育困難校」 と呼ばれる高校の卒業生が多数入学している。 大学進学率が低く大学入試が難しかった時期には、進学できなかった学力層を多数抱えている高校だ。 高校からの連続性を踏まえて、どのような学力の志願者でも受け入れている大学を、 「教育困難大学」 と呼びたい。

 それらの大学では、学習面だけでなくあらゆる場面で学生への指導が難しくなっている。 4年間、学生がほとんど何も学ばないまま、形骸化した 「学士」 を量産して世に送り出しているのが現実だ。 多方面で学生への対応に連日苦労している大学教職員は、全国に存在している。 大学進学希望者への新しい経済的援助が考えられつつある今、リアルな現実の一部を描写することで、現在の大学が抱える問題の一端を、少しでも多くの人に考えてもらう機会になるよう願っている。