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 ベトナム史の学界に泰斗という明学大教授がいた。
 泰斗は 「日本軍の長い占領時代に」 とか 「日本軍の支配下で」 とか、句読点代わりに言う。
 日本嫌いなのはしようがないとして、気になるのがさかんに遣う 「長い占領時代」 という表現だ。
 長いと言ってもフランスに比べればほんのチョットでしょうとたしなめる。
  「確かに短い。 しかしその4年間が問題なのだ」
  「4年間?」
  「そう。 北部仏印進駐からだから」
  「いや日本軍の支配は昭和20年3月に仏軍を追ってからの5ヶ月間だけど」
  「えっ、ウソ」
 日本はずっと居候。
 フランス統治が続き、昭和18年にはサイゴンに4階建ての刑務所も造っている。
  「戦場にかける橋」 を書いたピエールーブールは脱走罪でここに収容された。
 彼が描いた 「残忍な日本軍捕虜収容所」 のモデルはこの刑務所で、残忍な拷問をやったのはフランス人で、やられたのは抗仏のベトナム人だった。
 泰斗はそれも知らなかった。

 後藤乾一早大大学院教授はインドネシア学の権威だそうだが、これも同じ。
  「日本軍はスマトラの底なしの穴に原住民3千人を突き落として殺した」 とやった。
 調べたら穴には底があったうえ骨一つ出てこなかった。
 大嘘だった。

 一橋大教授の藤原彰は空に立ち上る煙幕を 「日本軍の毒ガスだ」 と朝日新聞で断言した。
 毒ガスは無色で空気よりやや重いことはオウムのサリン部隊だって知っている。

 こんな程度でも自虐史観に立てば朝日新聞が使ってくれる。

 ではまともな学者はというと産経新聞に載るのが相場だったが、最近は少し変わったらしい。
 先日は法政大の田中優子が同紙に書いていた。
 この人は授業にカムイ伝を使うと書いていた。
 チョット驚いたが、今回はチョット呆れた。
 民主党政権のやった 「仕分け」 に引っ掛かる無駄が江戸時代にもあった。
 それは 「武士階級、今で言う官僚機構だ」 というのだ。
  「村や町の治安や自治は村人や町人がやった」 からその上に立つ武士は少しでいいのに大勢いた、それが無駄なのよと。
 この人は漫画は読んでも文字ばかりの中村彰彦の著作は読まないらしい。
 あの時代、武士は忙しかった。
 東京湾に流れ込んでいた利根川を今の銚子に流し、あの辺に良田を作ったのは関東郡代だ。
 千曲川も多摩川もそう。
 治水や新田開発は武士がやった。
 百姓はそれでできた田んぼを貰った。
 百姓はこっそり田を広げ、藍や煙草などを作って儲けた。
 十分金持ちだった。
 代官が検地をし直すというと、一揆を起こすと百姓が逆に脅した。
 江戸時代、だから検地はほとんどなかった。
 町人も例えば江戸は原則無税、大店は多少の運上金で済んだ。
 他所の街では間口で税金が決められ、だから間口に比べ奥行きの深い鰻の寝床みたいな街並みができた。
 それでもよかった。
 いい時代だった。
 田中教授は知らないらしいが、治安は武士がやった。
 百万都市の江戸はたった250人の与力同心が警察から裁判までやった。
 それで働き頭の同心は30俵2人扶持、年収2百万円にもならなかった。
 日本は清貧を旨とする武士が官僚を兼務した。
 だから世界で稀有の汚職のない施政が実現した。
 今の官僚と違って汚職をしないから武士は貧しかった。
 それでアルバイトをした。
 大館の曲げわっぱも豊橋の筆も秋田の樺細工も二本松の萬古焼もみな貧乏武士の副業だった。
 町人や百姓は金に飽かして遊び、それが浮世絵やら根付けやらの結構な文化を生んだ。
 それもまた日本のよさだった。

 日本を汚すような学者は朝日新聞に書いていればいい。
 産経新聞も余計なバランス感覚などいらない。
 もう後もないのだから日和ることなく、まともな新聞の形を見せろ。




( 2010.1.12 02:48 )



 民主党政権により、全国学力テストの縮小など教育政策が立て続けに転換している。 十分な検証もされないまま、マニフェスト( 政権公約 )優先の施策が目立つ。 これでは、教育再生が進むとはとても思えない。

 特に危惧されるのが、同党が公約とした教員免許制度見直し 文部科学省は、今年度始まったばかりの免許更新制を廃止し、教員養成課程6年制について有識者会議を設置し、近く検討を始める。

 都市部を中心に団塊の世代が大量退職していった影響で、優秀な教員確保、育成に教育委員会は苦慮している。 教師の資質向上は学校教育を左右する最重要課題である 結論ありき、で議論を急いではならない。

 学校では保護者の要望が多様化し、教室外の問題も増えている。 旧態依然とした指導法は通用しなくなり、マンネリ化した授業に子供たちが飽き、学級崩壊が起きるケースも報告されている。

 免許更新制は、10年ごとに講習を実施し、ダメ教師には免許失効もあり得る制度だ。 ベテラン教師も含め自身の指導を見つめ直す機会として有効である。

 6年制は実習を大幅に増やし、大学院教育で教師の社会的地位向上などをねらっている。 だが採用前では 「お客さま」 扱いの域を出ない。 優秀な教師を育てるには採用後が肝要で、現場で鍛える態勢充実こそ先決ではないか。

 文科省は来年度予算案で自民党政権時に予算要求した主幹教諭増員を見送った。 主幹教諭は校長の学校運営を支え、新人教師らの指導役にもなる。 教員世界の横並び意識を変える制度であるが、日本教職員組合( 日教組 )など一部教職員組合は反対していた。

 民主党の輿石東参院議員会長は出身母体の日教組の新春の集いで、教育が参院選の争点になるとし、 「いよいよ日教組の出番だ」 などと語ったという。 だが日教組は評価や競争を嫌う体質を今でも引きずっている。

 これまでの民主党の教育政策をみると、教員の 「負担」 などを減らすことに重きが置かれ、厳正に評価し、指導力向上につなげる視点に欠ける。 それでは悪平等など教育界の悪弊を絶てない。

 教師の資質向上に重要なことは、評価をためらわず、熱心な教師には待遇面を含め報い、ダメ教師を教壇に立たせない施策を徹底することである。