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性差否定( ジェンダーフリー )教育はなぜ悪いか
性差は人類の文化的財産 ── 男女まぜこぜ主義は自我の形成を阻害する




《 男か女かはアイデンティティーの根幹 》

 いま公立の小中高校を中心にジェンダーフリー教育が急速に広まっている。 性差を意識させるような男女区別を取り払い、区別を感じさせるものを子どもの視野の中から排除することを目指している。
 そのために 「ジェンダーチェック」 と称して、男女で区別することをなんでも槍玉に挙げる。 体育着やランドセルを同じ色にせよ、健康診断や体育も男女混合にせよ、名簿や下駄箱も混合にせよ、端午の節句や雛祭りは差別だと主張される。 また男女別学を共学にせよとして、女子校・男子校を廃止して、共学にする運動が進められている。
 とくに、ジェンダーフリー教育のシンボル的・戦略的な意味を与えられて、精力的に広められようとしているのが男女混合名簿である。 県や市町村の教育委員会が率先して指導している例も少なくない。 同時に 「くん」 「さん」 という呼び方もいけないと、 「さん」 に統一させる教師もいる。
そのうち 「ぼく」 「わたし」 もいけないと言い出すのではないか。
 こうした男女無区別主義または男女まぜこぜ主義は恐ろしい弊害を生む危険がある。 男女の区別をしないと、子供たちのアイデンティティーが健全に作られない、つまり自我が正常に発達しないからである。
 アイデンティティーとは、 「自分が自分らしいと思えばよい」 というような簡単なものではない。 いくつもの層から成り立っている複雑なものである。
 たとえば、家族の一員だという帰属感。 また自分は男なのか女なのか、どちらなのかという帰属感。 そのほかにも日本人という帰属感。 故郷や学校や会社への帰属感など、多くの帰属感の累積によってアイデンティティーが形成される。 こういう同心円的な層をなす帰属感の集まりが、アイデンティティーの本質である。
 中でも、自分は男または女だという自己意識はアイデンティティーの基礎であり、たいへん重要である。 これが揺らいで定まらないと心理的な性同一性障害に陥るばかりでなく、自我そのものが健全に形成されない恐れが出てくる。
 子供は三歳くらいから始まって思春期までには、自分が男または女の特性を持っていることを意識的に確信し、それなりの行動基準が確立されていなければならない。

《 子孫を残す行動に支障が出るおそれ 》

 男女の区別を教え、男は男としての、女は女としての、感じ方や行動をとれるようにしてやることは、人類が生きていくために絶対に必要なことである。
 男子を男らしく、女子を女らしく育てないと、価値観や考え方の面で自分に自信が持てず、無気力や閉じこもりの原因になりかねない。 さらに、異性との関係がうまく作れないとか、セックスがうまくできないとか、同性愛に傾くとか、要するに生物として子孫を残すために必要な行動に支障が出るおそれがある。 予想される障害は、心理面から本能行動まで多岐にわたり、深刻である。
 とくに男子の場合には、心理的に去勢されてしまい、男性の本能行動にとって必要な積極性を失ってしまう者が出てきている。 単に本能行動ができなくなるだけでなく、男性としてのアイデンティティーを明確に持てなくなり、自信喪失、無気力、現実逃避などの弊害が出る。 これらの害は男子に対してとくに大きくなるのである。
 こうした特徴は女子から見ると 「男らしさ」 や 「頼もしさ」 「力強さ」 の欠如と映り、男性としての魅力を感じることができなくなり、軽蔑するだけで、利用する対象としか見られなくなる。
 また女子は 「女らしさ」 を失って言動が男性化し、下品になり、たしなみに欠け、優雅さを失うので、男子から見て女性としての魅力を失い、尊重の対象ではなく単なるセックスの対象と見られがちになる。
 双方がそれぞれ 「男らしさ」 と 「女らしさ」 を失う結果、互いに相手に対する尊敬や憧れる心理が薄らぎ、カップルを作る心理的動機が弱くなる。 そのため身体的接触や性的交渉に対する抵抗感は減少するが、しかし相手の性に憧れたり、神秘的に美化したり、人格として認めて尊重し心理的な愛情を育てるという傾向は少なくなる。 一口に言えば、男女のあいだの必要な距離感がなくなるのである。 最近の世相を特徴づけるこうした現象は、性差を否定し、 「まぜこぜ」 を推進したための弊害と言うことができる。

《 男女の区別を意識させるのが文化の役目 》

 要するにジェンダーすなわち男女の文化的性差は人類の大切な文化的財産であり、人間にとって必要な智恵の結晶である。
 したがって、人類は男女区別を教え込むための文化的な仕掛けをいろいろに発達させてきた。 もちろん、その具体的な姿は各部族や民族や地域によって異なる。 しかしそれぞれに行事や儀礼や教育を通じて、男女の区別を際だたせ、教えこんできたのである。
 たとえば、イニシエーション( 参入儀礼 )と総称される儀礼は、男女それぞれが大人の男と女になる儀礼であり、男女別々に行われてきた。 イニシエーション儀礼においては、子供は抽象的な 「大人」 になるのではなく、必ず 「男の大人」 か 「女の大人」 になるのである。
 文化が発達するということは、男女それぞれの文化が分かれて洗練されていくことであり、日本でも端午の節句と雛祭りがあるように、男女それぞれの儀礼や行事が明確な意味と美しい様式を伴って発達してきた。 それらを通じて男女の区別を意識させ、男性または女性としてのアイデンティティーを確立させてきたのである。
 男言葉と女言葉の区別も、男女平等の遅れを示すものではなく、文化的発達と洗練の結果なのである。 それをすべて家父長的な遺物であるかのように見るのは大きな間違いである。
 もちろん男女区別文化の中には男女差別が含まれているケースもある。 地方には今でも冠婚葬祭のときの食事の席が男性用しかなく、女性は別室で弁当を食べるなどというように、差別の遺制が残っている。 そうした差別的な文化は当然なくしていかなければならない。
 しかし全体として見るならば、男女の区別を際だたせる文化は、決して支配-被支配の関係を主として表わしているのではなく、人類の智恵と言うべきであり、必要な修正を施しつつ大切に守っていかなければならない祖先の遺産である。

《 両性の分業と協力の正しいあり方を教えよ 》

 男らしさと女らしさは社会的・文化的にのみ作られたものではなく、生まれつきの遺伝を基礎にしていることは、いまや脳科学によって充分に証明されている。 この生まれつきの男らしさ・女らしさを自由に出すことが妨げられると、心は不当なストレスにさらされる。 男女の違いを否定する教育は、子供たちの心に不自然なひずみを与える危険な暴挙と言わざるをえない。
 つまり、ジェンダーからフリーになろうとするのは大きな間違いであり、ジェンダーフリー教育は子どもたちから正常な心の発達を奪い取る危険がある。 したがってこのままジェンダーフリー教育が広まると、5年後10年後には青少年の心の病が急増する恐れがある。
 それを防ぐためには、男女の区別を科学的に正しく教え、その上で両性の分業と協力の正しいあり方について考えさせる教育が必要である。 ジェンダーフリー教育は、愚かを通り越して、子供たちの健全な心の発達を阻害する犯罪と言うべきである。



公民授業実践報告
「ジェンダーフリー」 って 何でしょう?

わが国にはびこる家族破壊・モラル破壊のジェンダーフリー症候群の恐ろしさに気づく中学生たち


1.はじめに

 社会や文化、歴史が作り出した男女の 「性別分類」 「性差」 のことを 「ジェンダー」 と呼び、生物学上の男女の差とは区別されて特別な扱いを受けている。 私たちは、何と幼い頃から知らず知らずの内にジェンダーを刷り込まれており、無意識に 「男女差別」 を行なっているのだそうである。

 例えば、 「男( 女 )だったらこうするものだ」 などという 「男らしさ・女らしさ」 のことである。 この様な考え方の上に、私たちは 「固定的な性別役割分業観( 役割の押しつけ )」 にとらわれて生活しているらしい。

 「男女平等」 をもっと進めていこうという活動をしている女性団体などが、 「ジェンダーフリー」 の社会を実現するため活発に取り組んでいる。

 これら運動家・フェミニストの主張によると、男も女もジェンダーにとらわれなくなれば( もっとはっきり言うと、男と女の違いを無くして均等・均質にすると )、 「真の男女平等」 が実現して 「皆が自分の能力や行動を広げ、伸びやかに生きることができる」 世の中になるそうだ( 何という単純さだろう! )。

 というわけで、社会のさまざまな場面でこのジェンダーフリーの実践が行なわれている。 教育界も例外ではない。 例外どころか急進的に取り組んでいるところも多々見受けられる。 行政もこの運動を後押ししており、異論をさしはさむのには大変な勇気がいる。

 しかし、このジェンダーフリーのよって立つ理論、すなわち 「生物学上の男女差以外の性別分類は、社会や文化・歴史が作り出したものである」 というのは真実なのだろうか。  また、多くの人々は 「このような間違った考え方の上に、固定的な性別役割分業観を押しつけられて窮屈に生活している」 というのは本当なのだろうか。

 「男女平等」 の単元のところで、最新の脳神経科学の成果を取り入れた授業を実践した。


2.授業の流れ ( 以下、は教師、は生徒の発言 )

皆さん、今日は 「男女平等」 の話をします。 男女は平等だと思う人~っ。
はーい。
皆、異論はないようですね。 まぁ、当たり前でしょうけど…。 ところで、平等って言っても、具体的にどんな形態が 「男女平等」 って言うんでしょうか?
就職するのに差別が無い。
給料も平等。
そう、仕事の内容や成果が同じだったら、同じ給料じゃなくっちゃ困るね。
「女らしく」 って言われると頭にくる。
と、女子生徒の発言あり。
おっ、そうですか。 「男らしい」 とか 「女らしい」 って言ってはいけないんですか。
はい。
もしかすると、小学校ではそう言っちゃいけないことになっていたんじゃないですか。
はい。
ふーん。 じゃあ、そのへんの不満も含めて、本題に入っていきましょう。
「ジェンダーフリー」 って知っていますか。
男女差別をしないこと。
そうですか。 他にありませんか? この言葉を聞いたことがある人は?( 少数であった )
では、説明しましょう。
生物学上の男女の差は厳然としてあります。 これは、当たり前ですね。 ところが、これとは別に、長い歴史や文化の中から作り出された男女の 「性の差」 というものがあると言われるようになりました。 例えば 「こんな場合、男( 女 )だったらこうするものだ」 などという考え方です。 このような社会生活における 「性の差」 を 「ジェンダー」 と言います。
では、教科書( 日本書籍 )20ページと28ページを読んでみましょう。
教科書によると、私たちは固定的な 「性別役割分業観」 にとらわれて生活しているようですね。 固定的な 「性別役割分業観」 とは簡単に言うと、 「役割の押しつけ」 ということだそうです。 そこで、男女平等をもっと進めていこうと女性団体などが活発に取り組んでいると書いてあります。
その運動の基本的な考え方が 「ジェンダーフリー」 なんですね。 この運動家の人達をフェミニストと言いますが、その説くところはこうです。  私たちの多くは、何と幼い頃から知らず知らずの内にジェンダーを刷り込まれており、無意識に 「男女差別」 を行なっているんだそうです。
彼らはこう主張します。 男も女もジェンダーにとらわれなくなれば、この世の中に 「真の男女平等」 が実現すると。 もっとはっきり言えば、男と女の違いを全く無くして均等にすると、固定概念に捕われず 「皆が自分の能力や行動を広げ、自由に、伸びやかに生きることができる」 世の中になるそうです。
ちょっとまとめましょう。

【 板書 】
男女平等の実現へ向けて …… 女性団体
 ↓
「ジェンダーフリー」 運動
・ジェンダー ~ 社会や文化、歴史が作り出した男女の性差のこと。
「男らしさ・女らしさ」
・フリー ~ 解放。 破壊。

だから、真の男女平等社会を実現するためには、一人一人もっと敏感になって、自分の心の中にある男女差別の根源すなわちジェンダーを常にチェックしなければいけないとのことです。
そこで! 現在、世の中のいたるところで行なわれているのが 「ジェンダー・チェック」 です。 これは皆の 「ジェンダー度」 をはかるテストです。 さぁ、やってみましょう。 ( プリントを配布する )
これは岐阜県男女共同参画課 「ジェンダーチェックマニュアル」 、鳥取県西伯町男女共同参画交流室、東京女性財団、八戸市ウィメンズアクション、大阪市女性協会などのホームページから抜粋して作成したものである。

 
【 ジェンダー・チェック 】
 
  あなたのジェンダーバイアス( 性別に基づく固定的な決めつけ・偏見 )をチェックしましょう。 下の質問に同感する場合は○をつけてください。  
 
1.男性はたくましく、女性は優しいほうがいいと思う。
2.男が泣くのはみっともない。
3. 「女らしいきめ細かさ」 「男らしく豪快」 などの表現は自然である。
4.男の赤ちゃんは青系の服、女の赤ちゃんは赤系の服が似合っていると思う。
5.男の子が車や電車、女の子が人形で遊ぶことは普通である。
6.やっぱり、重い物を持つ力仕事や高いところの物を取ったりする仕事は男に任せましょう。
7.年頃になっても外見を気にしない娘は、ちょっと心配になる。
8.男の子が口紅を塗って遊んだりするとちょっと心配になる。
9.学校の制服は男子はズボン・ 女子はスカートがいい。
10.男性を 「氏」 「くん」 、女性を 「さん」 「ちゃん」 と表現している。
11.男性がスーパーで夕食の買い物をしているのを見ると不憫( ふびん )に思う。
12.家族のために、自分さえ我慢すればいいと思うことがある。
13.仕事を成功させるためには家庭のことは二の次になっても仕方がない。
14.料理が得意な女性はいい奥さんになれると思う。
15.家事をしない夫の話を聞くと 「理解のない人だ」 と思う。
16. 「主人」 や 「奥さん」 という言葉、別に抵抗を感じない。
17.女性も男性も結婚したほうがいいと思っている。
18.結婚したら、夫婦は同じ名字を名乗るほうがいい。
19.子供が小さい間は、母親は家にいたほうがいいと思う。
20.妻より収入が少ない夫は頼りにならないと思う。
21.男性のほうが女性より企画力や決断力に優れていると思う。
22.女性より出世が遅れる男性は男として恥ずかしい。
23.女性も仕事を持つのはいいが、高齢になってくるとずっと一人は寂しいと思う。
24.お年寄りの面倒を見るのは女性のほうが適していると思う。
25.3月3日ひな祭りは女の子、5月5日端午の節句は男の子の祭り。 別に問題はない。
 

 一つずつ私が読み上げながら、しばし作業をする。

終わりましたか? では、診断しましょう。 ついた○の数を数えておいてください。

「診断」 のプリントを配布。 生徒、大いに盛り上がる…。

【 ジェンダーチェックの診断 】

◎15~25点…トッテモ古代人、
 あなたは生きた化石です。 ギネスブックに載ること間違いなしです。 固定的な性別役割分業観にとらわれた窮屈な生き方をしていませんか。 自分の中にある男性中心の考え方に気づきましょう。 このままでは大きなお荷物になりかねません。

◎7~14点…シッカリ地球人
 何かヘン?!と気づき始めたあなた。 でも、まだ少しこだわりがあるようですね。 これをきっかけに 「自分らしく」 生きるってどんなものかじっくり考えてください。

◎0~6点…トンデモ宇宙人
 あなたはまさに時代の先駆者! あなたは性別にとらわれず、個性や能力を伸ばし、自分らしく生きることができる頼もしい人です。 あなたの考え方を周りの人にも波及させましょう。

 「俺は古代人だ~!」 などという怒号を制しつつ、分布をとる。 何と 「トンデモ宇宙人」 がクラスに3人もいた。 ジェンダーフリー教育の成果であろうか。 「こんなもん普通の感覚でやればみんな古代人だよ」 と男子、怒りの声。 「先生は?」 の質問も。 私は濃厚な 「古代人」 であったが、男女とも半数近くの生徒が 「トッテモ古代人」 であった。

点数が低いほどジェンダーフリーを実践している進んだ人間であるということですね。 みんな結果に満足しましたか。
 それはさておき、今日本のいたるところでこのようなジェンダーフリーの方針が取り入れられています。 君たちの身近なところでも実行されていますよ。

ジェンダーフリー運動の成果には何がありますか。

学校では、どんなことがありますか? 男女の区別を無くしたものはありますか?
体育の授業。
技術家庭科もあります。
授業以外ではどうですか。 今、本校では行なっていませんが、区内の学校ではほとんど実施しているものがあるんですが…。 皆も小学校ではやっていましたよ。
出席番号だ。
そう。 名簿ですね。 「男女混合名簿」 と言います。
会社や社会全体ではどうでしょうか。 教科書には何とかいてありますか?

教科書から読み取らせ、解説しつつ板書してまとめた。

【 板書 】
・学校では → 男女混合名簿
      体育、技術家庭科の男女共修
・社会全体では → 男女共同参画社会基本法
・結婚問題では → 夫婦別姓問題
        婚姻適齢差別問題

さまざまなことが実施されているんですよ。
では、ここで常識的に考えてみよう! 例えば、 「男女混合の名簿にすれば世の中から男女差別がなくなる」 と思う人はいますか?
「夫婦が別々の名字を名乗ったら男女それぞれが自立できるようになり、その結果、男女差別がなくなる」 と思う人、いますか?
「男子でもスカートの制服を認め、女子でもズボンの制服を認めれば、男女差別がなくなる」 と思う人は?
ありえません。
ばかばかしいと思う。
そんな単純なことじゃないと思う。
そうですね。 ジェンダーチェックの中には 「さもありなん」 と思うこともあるでしょう。 しかし、どうもおかしいことが相当紛れ込んでいると思えませんか。 ( 資料1を配布する )
この資料には、今最先端の科学の一つである 「脳神経科学」 によってわかったことが書かれています。 私たちの心はどこにあるのか。 それは結局 「脳ミソ」 でしょう。 ということは、心の動きを調べるには脳の動きを調べればいいわけです。
1980年代後半に 「MRI」 という機械が開発されたことによって、脳の中身が明らかになってきました。 皆も見たことがあるでしょう。 体を輪切りにして写す機械です。 かつて心理学の分野だった心の動きを、生きながらにして調べられるようになったんです。
そこで分かったことは…、資料を読んでみましょう。

【 資料1 】

「脳神経科学」 によってわかったこと。
  ↓
「男女の脳は違う構造をしている」
( すでに胎児の時に決まっている )
  ↓
その結果、
感情、思考、理解の仕方、優先順位、行動、信念などにも性差がある。
同じ作業をしていても男と女では使っている脳の部分が違う。
男と女に共通しているのは 「種」 が同じということだけと言えそうである。
 
《 男脳の特徴 》
1.攻撃する脳
2.右脳の方が発達が早い
3.感情の中心は右脳にある
4.活発・無鉄砲・粗暴
5.外での遊び・攻撃的な遊びを好む
6.動くおもちゃ・ゲームが好き
7.痛みに弱い
8.左脳で言葉を使う
9.空間認知能力に優れる
10.頭の中で折り紙ができる
11.一度に一つのことしかできない
12.人の話が聞けない
13.音の方向を聞くことができる
14.青系の冷たい色を好む( 特に赤ん坊 )
15.脳内が機能ごとに区分けされ、情報の整理や論理的思考に優れる
16.ストレスがたまると黙って頭の中で話をする
17.問題が起こると解決したがる
18.物体や形に反応し、その仕組みに興味を持つ
19.機械関係・空間能力を生かせる職業を好む
 
《 女脳の特徴 》
1.おとなしい脳
2.左右の脳が均等に発達する
3.感情の中心が左右の脳にある
4.人形遊びや室内での遊び、ママゴトなど社会性のある遊びを好む
5.味覚・嗅覚に優れる
6.甘いものを好む
7.左右両方の脳で言葉を使う
8.言語能力に優れる
9.右と左がすぐに区別できない
10.関連のない作業を同時にこなせる
11.地図が読めない( 空間能力にかける )
12.小さな変化に敏感な感覚能力を持つ
13.音の大きさ高さを察知する
14.赤系の暖かい色を好む( 特に赤ん坊 )
15.しゃべることで情報の整理をする
16.ストレスがたまるとしゃべる
17.赤ん坊や手足の短いぬいぐるみを見ると世話をしたい感情が起こる
18.人間や人の顔に反応し、その関係に興味を持つ
19.人と接する職業を好む

 生徒たちは大変な興味を示し、熱心に自己分析していた。

「当てはまるなあ」 と思えるものが多くあるんじゃないですか。 百%必ずこのプリントのようになるとは言えませんが、男女の脳はそれぞれこのような違いがあるというのが一般的なんだそうです。
なぜ、こうなるんでしょうか。 その原因もわかっています。 実は百万年にわたる 「人類の進化」 と深い関わりがあるんです。
 原始時代、我々はどんな生活を送っていたか思い出してください。 男は何をやっていましたか?
「狩り」 をしていました。
女は?
家を守ってた。
子供や家族の面倒をみる。
そうです。 《男脳の特徴》の5、6を見てください。 男の子が 「外での遊び・攻撃的な遊び」 を好んだり、 「動くおもちゃ・ゲーム」 が好きなのはなぜですか?
男は狩りをして、外にいることが多かったから。
では、男が9の 「空間認知能力に優れ」 ているのはなぜですか? 「空間認知能力」 とは、どこにいても自分の位置を知る事ができる能力のことです。
帰ってくるためだ。
どこからどこに?
狩りから自分の家に。
そうだね。 腹をすかして待っている家族のもとへ獲物を届けなくてはダメですからね。 男は進化の過程で、この能力が発達していったわけです。
 では、《女脳の特徴》の4。 女の子が 「人形遊びや室内での遊び、ママゴトなど社会性のある遊びを好む」 のはなぜ? また、8のように女性が 「言語能力に優れ」 ているのはなぜですか?
家族をまとめていたから。
うん。 留守を守る女性にとって大人数の家族の 「和」 を維持することがとても大事な仕事でした。 その結果、人と人との関係を観察する能力とコミュニケーションによって調和させる能力が発達していったわけです。
男女の能力差は、良い・悪いではなくて、人類が生き残るために進化した結果なのですね。 もう一度それぞれの脳の特徴を見てごらんなさい。 なるほどと思えるものが多いでしょう。
長い長い狩猟採集生活を経て、それぞれの役割の違いから男女は異なる進化をしてきたということがわかったでしょうか。
ちょっと科学的に補足をしましょう。 「胎児の時」 に、男性ホルモンの 「アンドロゲン( テストステロン )」 を大量に脳に浴びると男脳になることがわかっています。 だから、生まれる前から脳はプログラミングされていて、人はそれぞれ、すでに男脳と女脳になって生まれてくるんですね。
こうして、現在少なくとも男女の脳の特性から生ずる 「向き・不向き」 があるという事実が明らかになっているわけです。
例えば、《女脳の特徴》の17にあるように、女性は 「赤ん坊や手足の短いぬいぐるみなどを見る」 とプロゲステンという女性ホルモンが放出されるんだそうです。 これは母性愛や世話をしたくなる感情を起こすホルモンといわれています。 ひょろ長い人形を見てもホルモンは放出されない。
一方、男はどんな人形を見てもそんなホルモンは出ないんですって。 女性は子育てに向いているというのは脳のレベルにおける事実なんですね。
ここで質問。 仮の話ですが、ジェンダーフリーの訓練を徹底的に続けて脳のレベルで男女が同じになるには、何年かかると思いますか?
千年ぐらい。
ある生物学者によると、少なくとも五千年はかかるという話です。
また、こんな深刻な指摘もあります。 生まれつき脳が持っている 「男らしさ・女らしさ」 を自由に表わすことが妨げられると、人はどうなるでしょうか?
イライラしてくる。
そう、心に不当なストレスがたまっていくらしいんですね。 その結果、心の健全な成長を阻害することになると言う話です。
そろそろまとめましょう。
「脳の性差」 が生まれつき存在するという科学的事実に照らし合わせて考えると、 「男らしさ・女らしさは歴史的に押しつけられてきたもの」 だという 「ジェンダー理論」 は正しいと思いますか。
おかしい。
間違っています。
「ジェンダー理論」 の破綻ですね。

【 板書 】
「脳の性差」 が生まれつき存在するという科学的事実
  ↓
「ジェンダー理論」 の破綻

しかし、実際の我が国の動きはどうなっているでしょうか。
一度弾みがついて動き出したものはなかなか止められません。 「男女共同参画社会基本法」 施行以来、全国津々浦々、多くの自治体では 「男女共同参画条例」 というものが制定されています。 そこでは、ジェンダーフリー思想が完全に独り歩きしています。
はっきり言っておくと、 「ジェンダーフリー」 という言葉は、実は日本人の運動家が作った言葉です。 男女の関係を対立する 「闘争関係」 でとらえています。 その目指すところは 「男性の女性化・女性の男性化」 です。 「無性化」 です。 男女平等をこえてますね。 これは、性別秩序の崩壊ですよ。
ちなみに 「性差を無くす」 という極端な考え方は欧米にはありません。 「男女同質だから男は女を守りません」 なんて言ったら、軽蔑されておしまいでしょう。
でも、今の日本では、ジェンダーフリー思想に基づいた取り組みに対して、少しでも異議をはさもうものなら 「男女差別主義者」 として扱われそうな空気になっています。
では、男女共同参画社会の実現を進めている日本国政府は、我が国をジェンダーフリーな国にしようと考えているのでしょうか?
資料2を見てください。

【 資料2 】

男女共同参画に関する政府見解
( 平成14年11月12日 参議院内閣委員会にて。 質問者は亀井郁夫氏 )

男女が互いの違いを認めて尊重しあうのが基本法の精神ではないか?
   ↓
政府答弁( 福田康夫官房長官 )
「男らしさ、女らしさを強調しすぎるのは問題だが、時代や社会情勢が変わっても男女の性別に起因する男らしさ、女らしさは否定できない」
基本法は 「男らしさ、女らしさを否定するものではない」
 
公務員や審議会の委員、企業の幹部などは男女同数が望ましいなどと 「結果の平等」 を求める主張が一人歩きしているが?
   ↓
政府答弁( 福田康夫官房長官 )
男女共同参画の目標は 「機会の均等」 であり、 「結果の平等」 ではない。
 
一人歩きしている 「社会的・文化的な性差の解消」 を意味する 「ジェンダーフリー」 が基本法の精神か?
   ↓
政府答弁( 坂東真理子・内閣府男女共同参画局長 )
「ジェンダーという言葉は男女共同参画基本計画において使用しているが、ジェンダーフリーという用語は…男女共同参画社会基本法、男女共同参画基本計画等の法令においても使用していない」
「一部に男女の区別を無くす、男女の違いを画一的に一切排除しようという意味で使っている人がいて大変誤解されているが、男女共同参画社会はこのような意味でのジェンダーフリーを目指していない」
「内閣委員会でのやりとりを都府県に送り、趣旨を徹底したい」


政府は 「男女共同参画社会」 は 「ジェンダーフリー」 の社会とは違うと言っていますね。 「男らしさ・女らしさ」 も否定しないと。 どう思いますか?
ホッとした。
政府の方針通り、ちゃんとやらなきゃいけない。
そうですね。 最後に先生の考えを言っておくと…、
「男女は平等に扱うことはできるが、同じものにすることはできない」 ということです。 男女がそれぞれその特性や違いを活かすことによってこそ、 「豊かで活力ある社会を実現」 できるのではないでしょうか。 それこそ、男女共同参画の社会が達成できると思います。
 皆は、どう思いますか? よーく考えてください。

( 授業終わり )


3.生徒の感想

「男らしさ、女らしさ」 がない世の中はつまらないと思う。 2種類の良さがあると思うから、その2種類の良いところをとって、尊重しあうのが良いと思う。 【女子】
ジェンダーフリーは絶対に間違っていると思う。 男性と女性は違うからこそ、好きになったり嫌いに なったりする。 同じだったらつまんないと思う。 「自分らしく」 っていっても、男女おなじにしたか らといってそうなるとは限らない。 【男子】
性差を破壊し、区別も差別だとしたら、自分らしくどころかいろいろと制限されてしまうようになっ てしまうと思う。 区別は差別じゃ ないし、無くしてはいけないはず。 ジェンダーフリーの主張はあまり広まらないでほしい。 「男らしさ、女らしさ」 があることによって 「自分らしさ」 が出てくると思うから。 【女子】
確かに男女の差はあるけど、男女の差があるからこそ今の社会が成り立っているんだと思う。 男女の 差がなくなれば…、どういう風に 「自分らしく」 なるわけ?と考えてしまう。 自分らしい・自分らし くないは本人が決めることだし、性差を無くさなくても自分自身で主張できると思った。 【女子】
女だからこれをやってはダメ…、とかいうのは少し頭にくるけど、 「男らしさ」 「女らしさ」 を無くすのはどうかと思う。 現在までの長い歴史や文化で培われてきたものなのだから、それを壊すのは歴史を否定してしまうのと同じことなんだと思う。 【女子】
男女は平等ではなくて、同等の権利があるものだ。 両性は足りないものを互いに補っていかなければ ならないと思う。 ジェンダーフリーを続けると、男も女もみんな同じになってしまって、 「自分らし く」 生きていけるなんてことは絶対にありえないと思う。 【男子】
自分らしく生きていける世の中を作るのと、ジェンダーフリーを進めていくのとは違うと思う。 脳で 男らしさ女らしさが決まってくるのだから、区別も差別ととらえたり、性差を破壊するなんて無理だ。  両性の特徴をお互いにわかりあって生きられればいいと思う。 【女子】
確かに仕事をしていく上では、性差はあってはならない。 でも、性差を無くすことを全てに当てはめ るのは無理なことであるし、 「男らしさ」 「女らしさ」 がなければとてもさびしいものである。 それ があるから、人を好きになれるんだと思う。 ジェンダーフリーがつぶそうとしている性差の中にある 「人間らしさ」 を見つめ直してほしい。 【男子】
この理論が 「自由」 を目的としているなら、なぜ 「らしさ」 を捨てろと考えを強制するのか。 こんな 理論を法に取り入れるなんておかしい。 【男子】
この主張は男性と女性という存在 そのものを消すことにつながるの ではないだろうか。 仕事面などで、 男女を平等に扱うことができるの だから、男らしさ女らしさを否定する必要はない。 【男子】
ずっと昔の人間が現れたときから男女があり、その差もあったと思います。 女性が家で機織りをして いたのも差別だと言うけれど、人には 「向き・不向き」 があります。  また、 「自分らしさ」 には個性が重要だと私は思うので 「女らしさ」 も 「男らしさ」 も一つの個性としてとらえればいいと思います。 【女子】
「男らしく」 「女らしく」 と無理な押しつけは当然良くないけど、ジェンダーフリーの考え方が進み すぎると、人間が持って生まれた 「男・女としての個性」 も否定することになる。 その結果、 「自分 らしく」 なんて生きていけないと思う。 【女子】
自分らしく生きるのは否定しないけど、脳での性差があるということがわかったのだから、男女混合 名簿や夫婦別姓などの形だけの平等や自立は早くやめてほしい。 【女子】
ジェンダーフリーには反対である。  この考えは社会主義に近い強制的な平等主義で、人間そのものの存在を危うくする思想だと思う。 【男子】

【参考文献】
◎ 『ジェンダーフリーの害毒』 林道義
◎ 『脳の性差』 新井康允( 共立出版 )
◎ 『男脳と女脳こんなに違う』 新井康允( 河出夢新書 )
◎ 『幼児教育と脳』 ( 文春新書 )
◎ 『話を聞かない男、地図が読めない女』 アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ( 主婦の友社 )
◎ 「フェミニストに歪められる改正教育基本法」 高橋史朗( 『正論』 平成十五年一月号 )
◎ 「『 両性具有への人間改造』 ジェンダーフリー教育の正体」 中川八洋( 『正論』 平成十五年二月号 )



「男女混合名簿」 について
「男女混合名簿」 が意味するもの

 そもそも、名簿を強引に男女混合にする必要があるだのだろうか。 とくに、中学校では、体育の授業や健康診断や進路指導用に男女別名簿は是非必要である。
 だから、混合名簿を導入している中学校でも、男女別名簿は別に作成している。 つまり、男女平等社会実現のために、事務的負担は重くなってもしかたがない、という事だろう。

 もう一度問うが、男女平等社会を実現するのに、強引に混合名簿にする必要があるのだろうか。 否、である。 男女それぞれの特長を生かして平等社会を実現しようとするのであれば、むしろ男女別の名簿の方が利用価値が高いからだ。
 男女混合名簿を推進している根本理念はジェンダーフリー論だ。 すでにご承知のとおり、ジェンダーとは、歴史的文化的に( 男が女を支配するために )作られた性差である。 本来男女は、生殖機能以外は本質的な差異はない。 男( 女 )らしさ、というのはジェンダーであるのでそれにとらわれず、もっと、人間らしく、自分らしく、輝きながら生きるのが男女双方幸福になるのだ、というのがジェンダーフリー論の要旨。

 無理しなくて自分らしくでいいよ、なんて言われるとちょっとグラつくのだが、グラついている場合ではないのだ。 自治体にも教育現場にも、この論が浸透しつつあるのです。 男女の区分けをしないというのがジェンダー論から導きだされる結果だ。 ということは学校では、名簿は当然男女混合、制服も男女共通、体育も男女共修、女子が股を広げて座っていても注意してはいけない、男が女に暴力をふるったら何と指導すればいいのだ、緊急時には女子から脱出させようと思っていたのにこれもだめか、○○委員男女各一名というのもダメ、等々。 何という大愚行か!

 大阪府下の各自治体では、学校現場の意見や保護者・生徒の声を全く無視して、各市ごと一斉に混合名簿がスタートする例が多い。
 大阪狭山市の場合も、次年度から混合名簿が望ましい旨が市教委から校長会に伝えられたそうだ。 名簿を混合化するだけで、行き過ぎたことはしないとのことだが、それでは混合化の意味がないのではないか。

 各市教委よ、種の保存のため、自然に与えられた性別の意味を考え直した方が良いのでは?


~ 国立市が教える ~
男女混合名簿導入は学級崩壊の一里塚

《 男女混合名簿の怖さ 》

 男女混合名簿の怖さを教えてくれる格好の本がある。 『どうして、いつも男が先なの? 男女混合名簿の試み』 ( 新評論刊、平成九年 )という本だ。 編者は 「男女平等教育をすすめる会」 となっているが、会の実体は国立市で男女混合名簿運動に血道を上げてきた左翼の組合教師たち( 大半が女性 )である。
 国立市は、国旗国歌問題で 小学生が校長に土下座しろと迫る ほど 文化大革命が成功した土地柄 だが、こうした 紅衛兵 を育てるために組合教師が最初に手を着けたのがこの 「男女混合名簿闘争」 なのである。


《 混ざつた風景 》

 「学校の中に混ざった風景をできるだけたくさんつくりだす」 これが男女混合名簿運動をはじめた組合教師のスローガンだった。 この本には 「混ぜる」 という言葉が実によく出て来る。
 小学校一年担当のある女教師はまず、男子生徒が先だったクラスの名簿を女子を先にする。 次に、男女混合名簿に切り替える。 さらに朝礼で、それまでの男一列・女一列から、男女混合で各クラス二列に並ばせるようにした。

 組合教師は周囲の抵抗を押し切って、学校の中に男女混合を順次取り入れてゆく。 男女混合はやがて運動会に及ぶ。 はじめは組体操・騎馬戦程度だったが、結局徒競走もリレーも男女混合になり、運動会から男女別種目を抹殺することに成功する。
 これに味をしめて、入学式や卒業式にも男女混合を持ち込む。 式の入退場、座席順、卒業証書の受取り順、すべて男女混合。

 ある女教師は語る。 「学級で、児童会で、クラブで、学校行事で、男女の区別をなくした。 教師のちょっとしたアドバイスで、子どもたちは 『らしさ』 や役割分業のしがらみを飛び越えた。」
 男の子に 「頑張れ」 と激励すると、男の子は 「男らしく」 頑張ってしまうというので、男の子に 「頑張れ」 というのは禁句になった。
「歌なんかは 『僕』 って言葉がすごく多いの。 頭にくるほど 『僕』 が多いの。 『僕』 のない歌を探すくらい、 『私』 ではなくて 『君と僕』 とかね。 それをパッと見たりするとムラムラして。」

 頭にきて、ムラムラして、ヒステリーを起こしながら男女差別はないかと探しまわる女教師。
 混合名簿を実施したクラスで教師たちは生徒にアンケートをとっているが、次の回答はジェンダー改造実験のモルモットにされた犠牲者たちの反応をよく示している。

 ◎設問 《 男女混合名簿は男女平等の考え方につながると思いますか? 》
 
・思う1612
・思わない
・わからない
 組合教師たちにとって、面白いように洗脳効果が現われる。 「思わない」 と回答した男子2人があとで教師からどんな目にあわされたかは知るよしもない。


《 教科書をジェンダーの観点から検閲 》

 国立市も 「男女平等教育指導手引」 なるものを発行した。 その中の 「こんなことやってみよう 実践編」 では、運動会・学芸会と一年の行事ごとに事細かにジェンダー・チェックを指導している。 夏のプールのくだりはこうだ。

「こっちのサイドは男の子、あっちのサイドは女の子なんて並んでいない? 一般のプールで男と女を分けてるところなんてないよね」
 高校のプールでこれをやったらいい。 男子生徒は大喜びするだろう。 でも彼らにはセクハラ糾弾が待っている。

 混合名簿と並行して、組合教師らは教科書の点検も始める。 まず槍玉にあげたのが、六年国語の 「どろんこまつり」 ( 今江詳智作 )という作品。 気弱で 「女っぽい」 男の子と、お転婆で 「男っぽい」 女の子が、最後にどちらも本来の男の子・女の子に立ち戻るという物語だ。

 女性教師は言う。 「『 らしさ』 に 『立ちもどる』 ことにより、女も男も幸せになれるといった内容の、性差別をあまりにも強く全面に出している作品で、このまま見過すことはできないと思われた」
 それで早速、発行元の光村図書出版の担当者を呼んで 「話し合い」 と称する糾弾集会を開催した。 教科書の採択権は事実上日教組が握っている。 これをカサにきた日教組得意のつるし上げだ。

 結局、光村図書は組合の脅しに屈して次のやうな回答書を提出する。
 ( 1 ) 女性の書き手を増やし、三分の一以上は女性の作品にしたい。
 ( 2 ) 子どもの作文も、男女同数にしてゆく。
 ( 3 ) 女の子が活躍する文学作品を取り上げてゆく。
 ( 4 ) イラストも女性の描いたものを載せるよう考慮したい。
 そしてこの作品は次の教科書から外された。


《 朝礼の列が蛇行 》

 さて、このようにして左翼組合教師が男女混合名簿闘争を開始して十数年。 国立市において男女混合名簿の実施率は小学校でほぼ100%近くに達し、国旗国歌の実施率は0%になった。 その結果何が起きたか? 学級崩壊が起きたのである。

 次のレポートは国立の惨状をよく伝えている。
 国立市の小学校の朝礼を見ると、児童がまっすぐ並んでいないで蛇行しているクラスが多い。 これは 『前に習え』 が軍隊的だからと、組合教師が号令を拒否しているためだという。 あるいは、授業の始めの 『起立』 『礼』 も軍隊的だからとしない。 だからいつの間にか授業が始まり、けじめもない。 先生が教室に入ってきても騒然としており、授業が始まっても平気で、後ろを向いて友達と私語を交わしている子どもが多い。 それに先生が注意をしようともしない光景を見て驚いたが、先生は全く無関心で授業を行っている。
( 「正論」 平成13年3月号、 「国立通信第五弾」 より )

朝礼の列は、男女各一列から、男女混合二列になり、やがて男女混合二列は蛇行を始めたというわけだ。
組合教師が男女の区別を撤廃すると同時に、あらゆる生徒指導や規律を排除した結果、教室で授業が成立しなくなった。 すべては男女混合名簿から始まったのだ。
国立市の公立学校教師の多くが、自分の子供を私立に通わせているのは有名な話である。
ジェンダー・フリー教育のおそろしさを一番知っているのは案外組合教師たちかもしれない。