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「ゴジラ先生の主張」 より



 昨日、三島にあるN大学国際関係学部に講演に行ってきた。 予想通り、学内は幼稚園であった。 惨憺たる幼児とガキの世界であった。 これは私が関係しているA大学の惨状と同じである。
日本国内にある1100校の大学も同じ惨状である。 ガキと幼児が跋扈する惨憺たる世界である。 講演時間をすぎても場内は私語であふれ、女の先生が壇上から何度も何度も 「資料を持ちましたか」 とまるで幼稚園児に言うように絶叫していたが、私語と騒音はやまなかった。 これはJRの駅のうるさい構内放送と本質が同じで誰も聞いてないので効果などまったくない。 このオバサン、阿呆ではないかと思いながら私は見ていた。
いっこうに講義を開始する気配がないので、私は 「早く始めましょう」 と、講演のすみやかな開始を事務局の先生にうながした。 しかし、いっこうに始める気配がない。 たまりかねて、私は、司会者の講師紹介を待たずにさっと壇上に上がり、早く開始しろと事務局の教授陣を腕時計をみるふりをしながら何度もうながした。
そうすると、ようやく司会の女教授が登壇し、私の紹介をくどくどと小さな声ではじめた。 私はうんざりして、そんなことはどうでもいいから、早く話させろと腕時計を見ながら意図的に憮然とした顔で終わるのをまった。 講演はわずか90分間で、その内、すでに10分以上が失われているのである。 司会者をふくめて大学当局は、残りの80分弱でディベートとは何か、詳細に話すことがいかに困難であるかまったく理解していないようだった。 幼稚なガキっぽい学生をを相手にしている大学教授には講演における一分一秒の時間の大切さをまったく理解できないらしい。
司会者の話が終わるのももどかしく私は講演を開始した。 場内をみると、予想通り学生の私語と居眠りがいたるところにみえた。 私はぐっと我慢して10分くらい経過したところで、待ち構えていた最初の大喝を入れた。
「コラッ、そこの喋っている奴、だだちに、黙るか、さもなくば、懲罰委員会にかけて退学させてやるから出て行け」、
「お前らは犬よりも劣るのか、犬はしつけをすればきちんとするぞ」、
「お前らは生ゴミか。 埋めてはじめて肥料として役に立つのか、生きている間は生ゴミだ」
と、ゴジラ先生は怒濤のごとく吼えまくってやった。 返す刀で見学していた教授陣に、こういうしつけのない犬以下の動物にしているのはあんた方のせいだ。 教授はいったい何をしているのだと、先生としての大人の責任をきびしく追求してやった。
講演の後、事務局の教授が、
「お蔭様で、200人もいながら、かつてないほど私語がない授業でした」 と私にのたまわった。
私は思った、「アホか、当たり前だ。 私はプロだ。 ど素人のお前らと一緒にするな。 それでもお前ら大学の教授か」 と。
私語がないことに感心するようでは先生失格だ。 これでは私語をする学生がすべて悪いのではないと思った。 学生の躾けをしない教授、犬も食わないような下手くそな講義をする教授、犬よりも劣る不作法な学生、日本の大学とは惨憺たるガキの園である。
たしかに学生も幼児っぽいガキで話にならないが、こういうガキをまったくシツケしない大学教授はもっと悪いと私は思った。 結局、大学とは、 学生という名のガキ大学教授という名のガキ が生息する場所だとつくづく思う。 私学補助金をもらっているならば、これでは税金泥棒である。 こんな阿呆なガキに私の血税を使われてたまるかと心底思った。 ただちに、わが血税を返せと怒鳴りつけたくなった。 現在の大学を全部ぶっ壊してまったく新しく造り直さないと21世紀中に日本は間違いなく沈没する と私は思った。
( 平成13年6月20日 )